インターンシップが始まって2日目だった。
ソフィーから大切な話があるから電話したいとメッセージが入って、宿泊先の部屋でスマートフォンをタップした。
2コール目で出たソフィーは何とも言いにくそうにしながら「エース君が浮気してるかもしれない」と私に教えてくれた。
隠さず教えてくれたことに素直に感謝した。
それと同時にまたデジャヴを感じて、気分が悪くなる。
最近よくある。何か思い出しそうで思い出せない。でも私は知っている気がする。この感覚、この気持ち、この場面。
やっぱり私は捨てられるんだ。
思ったよりもそれは突然だった。いや、明日には捨てられるかもと考えていたはずなのに、いざ実際に起こってみると驚いた。呆気なさすぎて。
ちゃんと私たちなら長くお付き合いできるかもしれないと期待していた自分が馬鹿らしい。
私が居ない間に浮気なんて本当に最低。
最低だけど、しょうがないよね。
パブで女の人と親しそうに飲んでいた。ただそれだけだったけどショックだった。しかもそれは続いた。次の日も、その次の日も。
どうやらソフィーの友達がこっそり監視してくれているらしくて笑ってしまった。本当にソフィーとルームメイトになって良かったと、こんな時に思ってしまう。
最初はソフィーのお兄さんと、その友達がたまたま泣いている女の人を引っ張ってパブに連れて行くエースを見かけたらしい。それをソフィーが知って、友達を使って調べてくれている。ちょっとおもしろがってる?と聞いたら「まさか」と笑った彼女は楽しそうだった。
一応、サボ君にメッセージを送ってみた。
「エースが浮気をしてるかもしれない」と。
彼も知っていたらしい。「浮気と言うか、女に会ってるみたいだ」と。それは浮気では?
だって私に隠してるし、何日も連続でしょう?
私って心が狭い?これは浮気に入らないのかな。
でも、エースが見知らぬ女性と浮気をしている間、分かりやすいくらいにメッセージのやり取りが減った。付き合ってからは1時間に5通のルールも自然になくなって、どうでも良い内容を送り合っていたのに。
本当に、もう私に興味がなくなってしまったんだろう。
あんなにたくさん来ていたメッセージがもう懐かしく感じるくらい、彼からの連絡はなかった。
悲しかった。悔しかった。
それと同時に脱力した。ああ、もうおしまいだ。私の人生が、またきっとつまらないものになる。
エースと出会って私の人生は確実に変わっていた。毎日がドキドキでキラキラしていた。
私はエースが好きだった。
けれどきっと、また元の生活に戻ってしまうんだろう。
寂しい。
エース、好きなのに。
私の側にずっといて欲しかった。
なんで行っちゃうの?
私のこと、飽きちゃったの?
好きって気持ちは、もうなくなった?
寂しいよエース。
「明日の17時40分発の電車で、浮気相手は帰るみたいだよ。そこにエース君も見送りに行くんじゃないかな」
ソフィーが教えてくれた。
その時間ならもう作業も終えているし、すぐに電車に飛び乗れば間に合う。ホームで待っていれば現れるだろうか。
ちゃんと自分の目で確かめたいと思った。
もしかしたら、ソフィーのお兄さんと友達たちの見間違いかもしれない。なんて、ありえない事を考えてしまう。それがありえないって分かってるはずなのに。私はまだエースを諦め切れないらしい。
駅のホームは人がたくさんいて身を隠すのにちょうど良かった。はじっこで2人をじっと待つ。寒さで指先がかじかむ。
来ないで、と思ったのにエースは本当に知らない女の人と歩いて来た。本当に呆気ない展開。
話を聞いているだけでは実感できなかった現実が目の前にあって、足が震えた。
まるで沼に足がゆっくりハマってしまうように、心臓がゆっくりと重く沈んでゆくよう。
じっと2人を見つめる。
その時の私は妙に冷静だった。
上着のポケットに手を突っ込んで、2人を見守っていれば、女の方が背伸びをしてエースにキスをしたのが見えた。
胸が張り裂けそうに痛む。ナイフでえぐられたみたいだ。恋ってこんなにつらく苦しいものだったっけ。
なんで私、ここにいるんだろう。
エースになんて言うつもり?
私、私………、
「エース」
名前を呼べば、見たことがないくらい顔色の悪いエースがこちらを振り返った。
目の下にはクマが出来ているし、少し痩せた?
私も浮気疑惑が浮上してから全然眠れないし食べれていない。逆に何でエースもやつれているんだろう。
なんてぼんやり考えてしまった。
エースと話した後、インターンシップ先へ帰る列車に飛び乗った。彼は追いかけて来なかった。
やっぱり別れるって言われた。
私は別れたくなくて、とっさに変な言い訳をしてその場を離れてしまったけれど、エースはそのまま駅のホームに立ち尽くしているようだった。
電車の中でサボ君にメッセージを送った。
『話がしたい』とだけ。すぐに『いいよ。電話する?』と返事が来た。宿泊先に帰ったらこちらから連絡すると言ってスマートフォンを閉じた。
人間は極限に絶望すると涙も出て来ないらしい。真っ暗な外を眺め、何も考えられなかった。ただ叫びたかった。あー、でも、うー、でも、とにかく何でも良いから大きな声で叫びたくて。電車の中でそんなことはできないから、逃げるように目を閉じた。
何も考えたくない。疲れた。
私はエースに何度も裏切られている気がする。そんな事ないはずなのに、何故か。まただ、と思った。やっぱり、とも思った。
頭がジクジク痛くなる。壁にもたれて深く息を吸った。
幸せな夢が見たい。
現実から逃げ出したい。
今の私は、つらすぎるから。
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