1. The beginning of the beginning
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世の中は異国との戦争の話でもちきりだった。
子どもを連れた女の人が怖い怖いと言っているのを聞いたけれど、私は戦争よりもっと怖いものがある。
鬼だ。
このご時世、誰も鬼なんて信じてくれない。
でも確かに鬼は存在している。
私はいつも通り薬箱を背負って山を登る。
その先に住む古くからの知り合いに薬を売るためだ。
そこに住む彼は鱗滝左近次といって、鬼と戦う人間を育てている。
私は両親を幼い頃に失った。
鬼に殺されたのだ。
次は自分の番だという時に、鱗滝さんに助けられた。
それがきっかけで祖父母は鱗滝さんの元へ薬を運んだ。
無償で渡していたが、それは悪いと言われてお金を払ってもらっている。
もちろん全額払ってもらうのも申し訳なく、一般人に売るより半額の値段にしてある。
もう山を登り下りできない祖父母に代わって今は私が薬を売りに行く。
そこにはいつも子どもがいて鬼を倒すために修行している。
しかしすぐに子どもたちは消えてしまう。
それはきっと鬼に殺されたからだ。
今いる2人の男の子は私と同い年だ。
錆兎と義勇。
仲良くなれた。今では友達だ。
2人に会うのがいつも楽しみで仕方ない。
○○○
今日は2人の声が聞こえなかった。
いつもは錆兎の大きい声と、義勇のおどおどした声が聞こえて来るはずなのに。
まただ。
嫌な予感がした。
「鱗滝さん、いますか?」
そっと扉を開けると、奥から鱗滝さんがいつも通りに現れた。
しかしどこか怪我をしているのだろうか、微かな血の匂いがした。
「…錆兎と義勇は、もう、いないのですか?」
「……丁度良い時に来たな。薬が足りないんだ。名前、奥の部屋へ来てくれ」
「はい…」
いつもより緊張して、うまく息ができないようだった。
自分と鱗滝さんの足音が煩く聞こえる。
奥の部屋のふすまを開ける。
そこには義勇が包帯を巻かれて眠っていた。
義勇が生きてる。
ぶわっと感情が溢れ出して、涙が流れた。
「義勇っ…!」
「昨日からまだ目が覚めない。そっとしておいてくれないか」
「すみません…」
「薬を」
淡々と鱗滝さんは私の背負った薬箱の中を物色し始めた。
錆兎がいない。
義勇は傷だらけ。
きっと、錆兎は助からなかったんだ。
じわじわと溢れそうになる涙を必死に堪えた。
お客様の前で泣くのは本来許されない。
「これと、これをもらおう」
「ありがとう、ございます…」
お金を頂戴して立ち上がる。
いつもの話し相手はいない。
長居できなかった。
「名前」
「はい…」
「また、来てくれないか。義勇の見舞いに」
「はい…!」
鱗滝さんに深いお辞儀をして、私は山を駆け下りた。
きっと義勇は目覚める。
その時に私がそばにいてあげよう。
義勇が錆兎はいないと知ったら…
(私が義勇を支えなきゃ…!)