5話「どうしようもない君と」

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「やっと来たみたいです。すみません」

やってきた白い車を見て担当営業の馬場がホッとする。
迎えに行くと言って錆兎は玄関へ向かった。

義勇は目の前に出された新しいコーヒーに口をつける。
朝からコーヒーばかり飲んでいて腹がいっぱいだった。
夕飯はどうしようかと考え出した時、錆兎が1人の女性を連れて現れた。

「遅くなってしまい申し訳ありません!」

その女性の顔を見て義勇はまるで時間が止まったかのような感覚に陥った。

「私、株式会社ウィステリアの苗字名前と申します」

名前だった。
義勇がずっとずっと探し求めていた人。
会いたいとどれだけ願ったか分からない。

錆兎と鱗滝も会ったことはないが名前を聞いてハッとする。
義勇は椅子から腰を上げ、呆然と立ち尽くした。

「……名前」
「え…」

慌てて来たであろう名前は頬を真っ赤にしていた。
義勇を見て目を見開く。

「名前!」

義勇は思わず大きな声で名前を呼んだ。
周りが驚き固まる中、彼女に歩み寄り両肩を掴む。
あの頃と変わらない、自分より小柄で今にも崩れてしまいそうな華奢な身体。

全身が歓喜に震えた。

「…あの、私、貴方に会ったことありますか?」
「!」

名前は怯えたように義勇を見つめていた。
頭を鈍器で殴られたようだった。
ガツンという衝撃を食らったかのように、何も考えられない。頭がガンガンする。

まさか…

「記憶が、ないのか?」
「ご、ごめんなさい。私、あの、全然覚えてないんですけど、えっと………」

今にも泣きそうな名前に気がついた錆兎が2人の間に割って入る。
義勇は錆兎にされるがまま、名前の肩から手を離した。

「すみません苗字さん。こいつの知り合いに貴女はとても似ているんだ」
「え、でも、私の名前…」
「その子の名前も名前なんだ。名前も同じだなんてすごいな」

苦し紛れの言い訳に名前は納得いかないのか、さっと離れて先輩である馬場の後ろは隠れた。
馬場も突然のことに動揺する。
何も知らない2人にとって義勇はただの変質者も同然だ。


それからのことは義勇は記憶にない。
自分はただ無気力に椅子に座り名前と向き合い、馬場が説明する今後の予定を聞いていた。

間違いじゃない。
どこからどう見ても名前だった。
自分より年下の24歳。
鬼殺隊の頃の記憶を知らない。
それでも目の前の彼女は紛れもなく苗字名前なのだ。



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