1話「明日会えるかなと」

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今日も会えなかった。

冨岡義勇は目の前のパソコンをシャットダウンし、帰宅の準備をする。
ここの会社は来月で退社する予定だ。
もう全て話してある。

周りはいつものように残業をするようで、帰宅しようとする義勇をジロジロ見ている。
そんな視線も気にせず義勇はオフィスを出た。


大通りに出て大きく深呼吸すると、吐き出した息が白くなった。
もう12月だ。
キョロキョロしてみるがやはり彼女は見つからない。



冨岡義勇には前世の記憶がある。
明治に生まれ、大正で鬼と戦っていた。
今までその頃の仲間たち何人もと再会してきた。

だが、一番会いたい人には未だに会えていない。
苗字名前。
胡蝶カナエと仲が良く、周りから慕われていた。
2人とも同時期に柱となり「みんなの姉」という立ち位置。

なぜか彼女は義勇が大好きで、いつもいつもちょっかいを出していた。
求婚されたこともある。
いつも軽くあしらっていた義勇だが、本当は名前が好きだった。

想いを伝える前に名前は呆気なく鬼に殺された。

義勇はずっと後悔している。
今も。

今度こそ自分の気持ちを伝えようと思う。
きっと彼女も記憶があるはずだ。
他の仲間たちも記憶が残っていた。
やはりみんな志半ば、無念に死んでいったからだろう。
みんな後悔があって、忘れられないなだろう。

きっと名前も……。


「さっきから呼んでるんですけど、冨岡さーん?」
「…胡蝶」
「お久しぶりですね。まさかこんな所で会うなんて」


あの頃の仲間、胡蝶しのぶと出会ったのは大型雑貨店だった。
義勇の手に持たれた黒いエプロンを見て怪訝そうな顔をするしのぶ。

「どうしたんですか?エプロンなんて買うんですか?」
「…今の会社を辞めて、ゲストハウスを始める」
「ゲストハウス!?!冨岡さんがですか!?」

あの頃よりも現在のしのぶは感情が豊かだ。
やはり姉のカナエが生きているからだろうか。
ちなみにカナエも記憶があったが、名前には未だに会っていないと残念そうにしていた。


「錆兎だ。俺はそこで働かせてもらう」
「ああ。錆兎さんが。言葉が相変わらず足りませんね」

錆兎も未だに真菰に会えていない。
だからこそ、ゲストハウスを始めようと言い出したのだ。
義勇も今の会社でいるよりもゲストハウスでいた方が名前に出会えるかもしれないと思った。

「2人で始めるんですか?」
「…炭治郎と禰豆子がアルバイトで雇われる予定だ」
「まあ。それは楽しそうですね」

炭治郎と禰豆子は今高校生だ。
元々義勇の実家の近所に竈門家が住んでいて、お互い出会ってすぐに分かったのだ。
泣いて再会を喜んだ日のことを思い出し、自然と顔が緩む。

「気が向いたら私も姉さんと顔を出しますね。住所と名前、教えてください」
「わかった」

しのぶはカバンからスケジュール帳とペンを義勇に差し出した。
スケジュール帳は蝶の絵柄で、思わず義勇は微笑んだ。
あの頃と変わらないな、と。


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