第三十七話

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一段と凍える夜だった。
辺り一面、昼間に降った雪が積もり白銀の世界へと変貌している。そこに追加するように大粒の雪が空からぼたぼたと落ちてくる。

そんな真っ白な雪景色の中、大量の血。
まるで白い紙に紅を乱暴に塗りたくったような赤。赤。
目の前にはたくさんの死体と、血の海が広がっていた。


来るのが遅かった。
十二鬼月かもしれないと、情報が入った。それは若手の隊士たちを派遣した後。私もその時に共に行くべきだった。
目の前に横たわる死体は皆顔見知りだ。

足が震える。
思考が停止して、何も考えられなくなった。


「名前さん!名前…名前!!」
「っ!」

強い力で肩を掴まれて我に帰る。
杏寿郎くんが眉間に皺を寄せて私を見つめていた。視線が痛い。思わず目を逸らす。

「ごめんなさい…私、」
「今はもう後悔しても仕方がない事だ。それよりも、鬼はまだ人を食うつもりか…。姿が見えない。街に出ていたらまずいぞ」
「……私が来た時に鬼はいたの。でも、逃げられてしまって」
「…分かった。名前さんは隠からの連絡を待って、そちらへ向かってくれ。俺は鬼の気配を辿ってみる」
「…」

腰が抜けたように脚に力が入らない。

この場所に駆け付けた時、私は咄嗟に目の前にいる鬼に攻撃した。それは軽々と避けられて、何度か刀を振るったが全て鬼には擦り傷。
私のことを面倒だと思ったのだろうか、すぐさま街のある方へと走って行ってしまった。
ここ数年で、こんなことは無かった。自分への失望と、困惑で気付かぬうちに涙を流していた。

そして目の前に広がる惨状と、鬼に逃げられた事への絶望感で私はその場に立ち尽くしてしまっていたのだ。


その場を動かない私の両方の肩に、杏寿郎くんの大きな手が優しく置かれた。

「名前さん、大丈夫だ。俺に任せて貴女はもう頑張らなくても良い」
「そんなのダメだよ。もっと私、頑張らないと…」
「失敗することは誰しもある。人間ならば仕方がないことだ。だがその失敗で心を病みすぎてしまってはいけない。今日はもう休んでも良い」

杏寿郎くんは何をそんな甘いことを平気で言っているんだ。馬鹿野郎か。
なんて、怒りが湧いてきた。
優しさが憎らしい。何故彼はこんなに優しくて強いんだろう。私もそうなりたいと強く願っていたはずなのに、やっぱり彼を超えることなんて私には出来ないらしい。

ぼろぼろと涙を流して動けなくなってしまった私を、駆け付けた隠に預けて杏寿郎くんは街の方へとすぐさま走って行ってしまった。


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