第十三話
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温泉から上がって部屋へ戻ると、真ん中に設置されている机の上にたくさんの食事が並べられていた。
決して豪勢ではないけれど、ここの料理は家庭的で美味しい。味は全然違うのに、何故か実家を思い出す。
「わあ〜、今夜は天丼なんだ」
杏寿郎くんが居ないと思って大きな気の抜けた声を出した。
でも彼は隣の部屋(布団が敷いてある)からひょっこり顔を出した。温泉から一足先に帰って来ていたらしい。
「名前さんを待っていました!」
「ご、ごめんなさいね、待たせちゃって。早く食べましょうか!」
「そうしよう!」
慌てて席に座る。そしてふと、視線を上げると杏寿郎くんが立っていた。
立っていたのだが…
「うわあっ!!な、なんで…!!!」
「?どうした名前さん」
胸元ががっつり開いていた。
いつも隊服姿しか見ていなかったし、藤の花の家でもこんなに崩した着方はしていなかったのに。
今の杏寿郎くんの浴衣は豪快に胸元の襟がはだけているのだ。
「ま、前!か、隠してください!!」
「申し訳ない!少々温泉に入り過ぎて、暑かったんです。名前さんが来るまで涼んで居たのを忘れていた!!」
杏寿郎くんは平然と笑って浴衣をきゅっと締め直した。私は気が気じゃないと言うのに。
隙間から見えた逞しく若々しい胸筋と、まだ少し湿っている髪の毛が張り付いた首筋。温泉で火照って血色が良くなった肌。
全てが大人びていた。
いつの間にか、杏寿郎くんは一人の男性になっていた。
未だに心臓はどくどくと爆発寸前。
なのに目の前で当の本人は天丼を美味しそうに頬張っている。
ああ、自分がバカらしい。
こんな5歳も年下の男の子にこんなに調子を狂わされるなんて。
ここへ来る少し前、同期で友達の女性隊士に杏寿郎くんについて少し相談したことがある。
「最近いきなり大人びて来て戸惑う事がある」と。
それを聞いた友は「名前、煉獄くんを襲わないようにね」なんてケラケラ笑った。
突然その会話を思い出す。
襲うなんて!とんでもない!ありえない!!
でも何でこんなにドキドキするんだろう。
「名前さん?食べないのですか」
「た、食べますよ」
「先ほどから全く手が動いてないが」
「考え事、してました」
「早く食べないと冷めてしまいますよ!」
にっこり笑う杏寿郎くんにまた胸の辺りがぐぅっと締め付けられる。
変に意識してしまう。このままじゃ一週間持たない。
「杏寿郎くん」
「はい!」
「明日、朝食前に手合わせ願います」
「!もちろんです!!!」
邪念を取り払おう。
眩しい彼の笑顔に思わず目を細めた。
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