第五話
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咄嗟に名前を抱えて飛んだ。
あと一瞬でも反応が遅ければ一撃受けていただろう。
抱えられた名前はまた、真っ青になっている。
刀を握る手は力が入っていないように見受けられた。
「名前さん!」
「は、はい、」
「俺が行きます。名前さんは俺を援護してください」
「!」
ハッとしたような顔つきになった名前。
刀をぐっと握り直した。
それからは先程の態度が嘘のようだった。
最終選別を終えたばかりの俺を、彼女は無駄のない動きで援護した。
まるで風のように、そして躍るように軽やかだった。
おかげで俺は傷一つ負わずに鬼の首を切ることに成功したが、彼女がいなければこう上手くはいかなかっただろう。
まるで俺を主役にしてくれた、そんな感じだ。
名前は俺から少し離れたところで汗と血を拭っている。月に照らされている。
ぼーっと名前を見ていると、ふとこちらを振り返った彼女と目があった。
「杏寿郎くんのおかげです。ありがとう」
「それはこちらの台詞です!名前さんの後ろ盾が無ければきっと俺には鬼の首を切ることが出来なかった。ありがとうございます!」
名前は恥ずかしそうに首を振った。
思ったよりも早めに任務は完了してしまったようだ。
今夜は襲われる人間も出なくてよかった。事後処理はこれから現れる隠が遂行してくれる。
名前に付着している血は鬼の返り血だろう。
怪我は見受けられず、安堵する。
まだ夜明けまで時間がある。
頭上には数えきれない程の星。
昔、誰かが亡くなった人間は皆、星になると教えてくれた。だとしたら夜空の星は少なすぎる気もする。
「さて、屋敷へ戻りましょう。炎柱…お父様が目覚めたかもしれません」
「そうですね!それがいい」
名前がひらりと踵を返した。
屋敷に到着すると一度帰ったはずの医者が来ていた。どうやら父が目覚めたらしく、千寿郎が呼んでくれたらしい。一通りの診察は終えた後だった。
「しばらくは安静に」
医者は父に言った。
名前は父と二人で話したいと言って、先ほどから部屋から出てこない。
俺と千寿郎は仕方なく居間で何をするでもなく、ただ待つしかなかった。
「…千寿郎、後のことは任せろ。休んだ方が良い。寝ていないのだろう」
「大丈夫です、本当に…。今は、目が冴えてしまって…眠れません」
「そうか…」
それもそうか。
目が冴えて眠れないのは自分も同じだった。
柱に掛けてある時計が5時を指す。
外はいつのまにか明るくなって来ていて、青い空を眺めて朝が来たのだとぼんやり思った。
長い1日が終わった。
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