34 先生と海
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3時半に起きて化粧をして、普段着ないような真っ白なロングワンピースを着て外へ出た。
初めてかもしれない。
先生とこうやって出かけるのは。
寝る前に作っておいたサンドイッチと、誕生日に両親からもらったトイカメラを首から下げて。
先生の運転する車に乗るのは2回目だ。
1回目は弟の書道教室へ迎えに行った時。
弟を待っている間に土砂降りになってしまって、ちょうど水曜日だったから先生がいたおかげで、送ってもらえた。
もちろん弟がいたから全然話せなかったけど。
先生は赤いハッチバックに乗っている。
赤が似合う。
大きさもちょうど良い。
助手席に座ると先生がゆっくりと運転を開始する。
片手で頬杖をついて、もう片手をハンドルに添えるだけなのが、なんとも似つかわしくない。
先生ってこんなスマートに運転するんだ。
もっとちゃんとハンドルを握りしめて、姿勢良く運転すると思ったのに。
久しぶりに先生と2人きりの空間にドキドキした。
「まだ暗いねー」
「そうだな」
通り過ぎる車も少ない。
これなら知り合いに見られそうにもない。
チラチラと運転中の先生を見る。
ちょっかいを出したくなって、太ももをつんつんする。
無表情のまま「やめろ」と言う。
ついニヤニヤしてしまう。
そしてまたつんつん、と繰り返す。
先生はムッとして「おい」と私の胸を鷲掴む。
「セクハラ!DV!」
「勝手に言っていろ」
いつも通りの先生に気持ちが少し落ち着いた。
家を出てから1時間半くらいだろうか。
ついに海が見えてきて、先生は広い駐車場へ車を停めた。
広いのに先生の車以外は停まっていない。
周りを見渡すと、寂れた海の家や旅館のようなものが見える。
「俺が子どもの頃は割と栄えていたんだが、今はもう廃れて観光客はいないんだ」
「へえ…」
たしかに人気はない。
少し遠くにある大きなホテルには灯りが少し見えるから、まだ経営中のところも僅かに残っているらしい。
未だに薄暗い外は少し肌寒く、カーディガンを羽織って車を降りた。
少し歩いて、坂を降れば海はすぐだった。
プライベートビーチみたいに、綺麗なのに私と先生以外はいない。
こんな良いところなら水着を持ってきて、海に入れば良かった。
「すごーい!近くにこんなところがあったなんて知らなかった!」
はしゃいで浜辺を駆ける。
磯の匂いが何故か懐かしさを感じる。
先生は上着のポケットに手を突っ込んで空を見上げる。
もうすぐ夜明けだ。
あまりにも様になっていたから、持っていたトイカメラでこっそり写真を撮った。
「足だけ海に入っても良いかな?」
「タオルを持ってきているから大丈夫だ」
「えっ、いつの間に?ありがとう」
お弁当やレジャーシートの入った大きめのカバンを先生は掲げる。
昨日2人で準備した時に、入れてくれたのかもしれない。
サンダルを脱いで海に入る。
先生も靴を脱いでジーンズをめくって、ゆっくりと海に足を入れた。
まだ冷たい。
「海、綺麗だね」
「ああ」
遠くに見える貨物船を2人で眺めた。
自然と私たちは寄り添っていた。