32 先生とシャンプーA
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振り返るといつもより少し距離のある場所に立つ煉獄先生。
2人きりの時の表情だ。
「自宅のか?」
「んん…違う、ところの」
「ふ、なるほど。選んでやろう」
「ええっ?」
先生は隣に来て、パッケージを見比べている。
「予算は?」と聞かれたので「今使ってるのと同じくらい」と言い、今現在、先生の家に置かれているのと同じシャンプーを指さした。
「意外と高価なものを使用しているんだな」
「…まあ」
先生と一緒にいる時は、できるだけ綺麗でいたいから。
あと匂いも、出来るだけ良い香りでいたい。
先生は眠る前、2人でベッドに入ってごろころしている時に私の髪の匂いをよく嗅いでいる。
その仕草が可愛くて好きだ。
香り見本を2人で手に取って「これ良くない?」「俺はあまり好みじゃない」とか言い合っていると、友達と冨岡先生が来てしまった。
慌てて力が抜けていた顔を引き締める。
「なになに?名前、シャンプー買うの?」
「うん。そうなの…「俺が苗字のを選んでやろうと思ってな」
「えっ、煉獄先生が?!うけるんだけど!」
待って何で先生そんな楽しそうなの!
しかも言っていいの?!
緊張で手汗が滲む。
友達たちは「私はこれ」と言って、香り見本を先生に嗅がせている。
そして冨岡先生は「俺はこれだ」とメリットを指さす。
え、めちゃくちゃ可愛いじゃん冨岡先生。
それからみんなであーでもないこーでもないと言い合って、結局本当に煉獄先生に決めてもらう流れになった。
先生は迷わずに「これが良い!」と言って、あるボトルを手に取った。
それは今まさに先生のアパートで使っている物だった。
結局前と変わらず同じものを買ってしまった。
その場の雰囲気で断れなかったし。
友達と別れてバスに乗り、スマホを開くと煉獄先生からメッセージが届いていた。
『今まで通りに好きな時に来てもらって構わない』
『その時は今日買ったシャンプーを忘れるなよ』
ずるいなあ、先生は。
なんでこんなに私に優しくしてくれるんだろう。
いや、私が猛アタックしているから、もう怒るのを諦めてしまって今があるんだっけ。
分からなくなる。最近。
今まで以上に距離も近く、そしてお互いが一緒に過ごすことを当たり前のように感じてしまう。
先生といるとすごく安心する。
先生も同じ気持ちだったらいいのに、と思う度に、先生は私にしか見せない姿を見せてくれる。
だから勘違いしてしまいそうになるのだ。
先生は私のことをどう思っているんだろう。
まだ苦手なのかな。
やっぱりただのセフレ?
不安なまま夏休みが始まった。