1話「お隣さん」

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つかれた。早く寝たい。

鬼殺隊最高戦力などと呼ばれていても、やはり疲れる時には疲れてしまう。
冨岡義勇はいつもよりゆっくりと、足を引きずるように歩いていた。


今回はしぶとい鬼のせいでかなり体力を使った。
しかも自分の屋敷に近い場所での仕事だったこともあって、家に直帰することにしたのだ。
早く帰って横になりたかった。
そのために寝ずに歩き続けたせいもあるだろう。

やっと自宅が見えてきた。

俺にはもったいないくらい大きい家だ、と冨岡はいつも自宅を見つめて思う。
お館様が用意してくれたものだった。


微かに桜の花びらが舞っている。
いつのまにか春になっていたらしい。

ザッ、ザッ、
隣の家の住人が道に落ちた花びらをほうきで掃いているのだろう。

返り血などはついていないが汗の匂いや鬼の腐臭がするかもしれない。そう思って少しだけ足を早めた。

やはり掃き掃除をしているのは隣の人間らしかった。
そっと下を向いて前を通り過ぎる。

「おはようございます。今お仕事終わりですか?」

まさか話しかけてくるとは思っていなかった冨岡はビクリと思わず振り返る。

「す、すみません。驚かせるつもりは…」
「…いや、こちらこそすまない」

久しぶりに見る隣の女性。
前にあったのはいつだったか。
1週間ぶりだろうか。


柔らかそうな髪をいつもゆるく結んでいて、いかにも女性らしい人だ。
その雰囲気がなんとなく自分の姉に似ている気がして、会うたびに少し憂鬱な気持ちになる。
自分とそう歳は変わらないはずだが、なぜか一人暮らしをしている。
気にはなるが所詮他人。
事情を聞いたりはしない。

「こんな時間まで大変ですね」

困ったような顔でそう言われて、今が何時なのか考えた。
…それすらも分からない。
今はとりあえず早く寝よう。


自分の屋敷の扉を強引に開けた。
彼女の話を無視するつもりはないが、今はとにかく疲れていてそれどころではない。

「お疲れ様です」

扉の向こう側で、小さい彼女の声が聞こえた。
それも無視することになってしまったが仕方ない。


ああ、今日はゆっくり休もう。
冨岡は着替えもせずに敷きっぱなしになっている布団に飛び込んだ。


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