16話「蝶屋敷」
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名前のことを考えるとなぜかそわそわした。
この任務が終わり、家に帰っても名前はいない。
しかし早く帰って彼女の顔を見たい。
冨岡は任務中、ずっと名前のことを考えていた。
そんな自分に驚いたし、なによりいつから自分はこうなってしまったのだろうと考えた。
(あの宿に泊まった日かもしれん…)
働く名前はとてもキラキラとして見えた。
誰に対しても明るく、いつも花が咲いたような笑顔で接していた。
そんな自分がまさにあの迷惑な男と同じではないかと気づき自己嫌悪に浸る。
あの男も一般客としてあの宿り泊まり、名前に魅了されたのだろう。
今ならあの男の気持ちが分かる。
自分は隣人で鬼殺隊であることを良いことに、名前に近づいた。
そして共に1つ屋根の下で暮らした。
ただの隣人同士。
家族でも、ましてや夫婦でもない。
「冨岡さんがあんな鬼に攻撃を受けて怪我をするなんて、どうしたんです?」
あまりに任務に集中できなかった冨岡はなんの変哲もない鬼に一撃喰らってしまった。
もちろんそこから我に返り、一瞬で鬼を殺す事ができた。
攻撃を喰らった腹は冨岡が思ったよりも深傷で、ちょうど自宅と任務のあった土地の中間地点である蝶屋敷で世話になることになった。
そして現在、冨岡は蝶屋敷にて胡蝶しのぶから治療を施されていた。
名前に見送られ出かけてからすでに5日が経過している。
「さっきから何か一言くらい言ったらどうですか?」
「帰る」
「……」
蝶屋敷で休養して3日だ。
腹の傷もそろそろ塞がってきた頃合いだろう。
なによりもベッドで何もせず横になった時、名前のことを考えてしまってどうしようもなかった。
「帰りたいなら帰っても良いんですよ。でも自己責任ですからね」
胡蝶はわざと大きな音を立てて立ち上がった。
早く出て行けと言わんばかりに、部屋の扉を開けて冨岡を顎で促す。
「今ちょうど傷が塞がりそうな大事な時期です。感染症に気をつけてもらいたいんですけど、帰りたいならどうぞ。私は知りませんよ」
冨岡は無言で立ち上がり、胡蝶の開けた出入り口から本当に出て行ってしまった。
もちろん冨岡を止めようとする者はいない。
「傷が悪化しても私知りませんから〜」
「……」
冨岡の背中を見送り、胡蝶はげんなりしながら仕事に戻った。