end 私の父上

※娘視点



「おい、美々子。どういうことだ」
「なんですか?」

優雅に朝食を食べているとドカドカ足音を立てて、血相を変えた父が現れた。
私は朝弱いから、学校へ行くぎりぎりまで寝ている。
早く支度をしなくてはならないのに父は私の前に座り込んだ。

仕方なくあんぱんを齧りながら話を聞こうとすると「ちゃんと話を聞け!」と父が憤慨する。
世の中は戦争だの不況だのと騒いでいるのに、何故かうちの生活は変わらない。
援助してくれる人がいると前に聞いたけれど、昔の話を父も母もしたがらないからよく分からない。
せっかくのパン…。
外国の食事が大好きな母が銀座で買ってきた有名なあんぱん。大好物なのに。
仕方なく皿に置いた。


「数日前から俺に試合を挑んでくる門下生がいる」
「へえ、そうなんですか」
「父より強い男に嫁ぐ、と言ったのはおまえだろう」
「言いましたけど」
「もう5人目だぞ!」
「ええ…?」

よもや。5人?
私の思っていた人数は3人のはずだ。

「ふざけたことを言うから…」
「ふざけてなどおりません。私は本気です」
「なっ…!」
「父上があんな男たちに負けるはずないじゃありませんか。
ねえ、母上」
「そうですね」

隣にいるのに話に入ろうとしてこなかった母に話を振れば、こちらを見向きもせずに答えた。
やはり「また面倒なことが始まった」と思っているんだろう。
私たちを気にもせず、いつも通りまだ幼い末の弟の食事を手伝っている。
こんな時、私の性格は本当に母親譲りだなと思う。


「むぅ!」
「試合、見に行きますね、父上」

私と母に言葉で敵うはずもない父は諦めたように部屋を出て行った。

「あまり父をいじめてはいけませんよ、美々子」
「いじめてなんていません」
「あの人は、あなたが可愛くて仕方ないのです」
「分かってますよ、母上」



とうとう父と謎の男たちの試合の日がやってきた。
しかし、今まで父がちゃんと試合をするのを見るのは初めてだ。
母は朝から心配で落ち着かない様子。
それをいつものように祖父が宥めていた。
千寿郎さんも心配なのか様子を見にきた。
確かに、相手は5人ともなると父は大丈夫なんだろうか?


「師範、過去に酷い怪我をしてるから全力なんて今まで出せてないみたいだぞ」「なら楽勝じゃないか?」「5人のうち1人くらいなら勝ちそうだな」

周りの門下生も、いつも恐ろしい父の敗北が見れる可能性を信じてわくわくしている。
審判をしてくれるのは祖父だ。
父と同じくらい恐ろしい祖父なら正当な判断をしてくれるだろう。


「始め!」

祖父の声が道場に響く。

そして、試合は一瞬で終わった。
父が目にも止まらぬ速さで動いたのだ。
瞬きをしているうちに勝負がついていた。
周りがみんなぽかん、としている。
何が起きたのか分からなかった。
しかし、相手は再起不能といった様子で床に倒れ込んでいる。

それから5人目まで流れるように進んだ。
みんな一瞬で父に負けた。
そしてみんな失神してしまった。

「久しぶりで加減が出来なかった!」なんて溌溂と宣言した父に母は激怒。

「あれほど言ったでしょう!!貴方は一般の方たちとは違うんですよ!元柱でしょう!?しかもこんなに期間をあけたら加減なんて出来なくなるに決まってます!死人が出なかったのが不幸中の幸いですけれど…!!」

自分の父親は一体何者なんだろうか…。

失神した5人の男は屋敷の客室に並んで寝かされ、母と千寿郎さんに手当てをしてもらった。
さすがの父も今回ばかりは悪いことをしたと思ったのだろう。
珍しくしゅんとしている。

それでも父の小さい頃に一番似ていると評判の三男は「もう一度見たいです!父上!!」と興奮して、父の肩を掴んで全力で揺すっている。頭が吹き飛んでしまいそうな揺れに対して「ははは!やめなさい。酔う」と父は平気な顔をして笑っている。


「明日は筋肉痛になりそうだ」
「そうですよ。杏寿郎さん、もう若くないんですからね」
「名前…、俺はまだ30代だぞ」
「もうおじさんですよ」
「…」



それからというもの、父の見事な姿に惚れた門下生が急増。
前よりも皆が熱心に指導を受けるようになった。
次男に至っては「父を超えるのは俺だ!」と燃えている。
それでも未だに父に勝てる者は現れず。


私はいつになったら素敵な殿方に出会えるんだろうか。




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