-49 祝祭
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杏寿郎さんが二十歳の誕生日を迎えた。
お祝い、と言ってもお義父様はいつも通り自室から出てこないし、私と千寿郎君と甘露寺さんと4人でちょっとしたご馳走を食べた。
甘露寺さんがパンケーキという洋菓子を作ってくれたのがとても美味しかった。
杏寿郎さんは初めて飲むお酒に「不味い!」と言ってひと口でやめてしまった。
「今日はありがとう、名前」
「そんな。私は特別何もしておりません」
「祝いの席を用意してくれた」
「だってそれは、当たり前です」
「当たり前の事かもしれないが、俺は君に感謝する」
私が眠る前の少しの時間。
杏寿郎さんは今夜も任務がある。
もう少ししたら家を出て行かなければならない。
あとほんのわずかな時間だけでも、と言って杏寿郎さんは私の布団の横に座っている。
私は上半身だけ起こした状態で、杏寿郎さんの方へ体を向ける。
いつもより立派に見えるのは何故だろう。
「明日、柱の仲間たちが祝ってくれるらしい」
「まあ。それは良かったですね」
「んん。だがやはり酒は飲みたくないな」
「そんなに美味しくなかったですか?」
「いや…」
杏寿郎さんは刀の柄を撫でながら、少し言いにくそうに苦笑いした。
「俺も、父上のようになってしまうんじゃないかと怖くなるんだ」
「…」
「今でも名前がもし、いなくなってしまったらと思うと耐えられなくなる。酒に溺れてしまった父上の気持ちが少し、分かる」
「杏寿郎さん…」
「すまない。こんな話を眠る前にするものではないな」
「そんなことないです。もっと私を頼ってください」
「名前…」
そっと頬に触れると杏寿郎さんは静かに目を閉じた。
長いまつ毛が震える。
綺麗だなと思った。
ゆっくりと頬から唇へ指を滑らせていく。
形のいい唇だ。
少しだけ乾燥している。
髭が生えていない綺麗な顎を、猫にするみたいに撫でた。
「なにをする」
「杏寿郎さんは大きな猫みたい」
「初めて言われた」
「今ふと思ったんです」
「…なぜ」
「可愛いからです」
杏寿郎は驚いたようにパチリと目を開けた。
きょとんとして私の顔を覗き込む。
「可愛いか?俺が?」
「ふふふ」
「揶揄ってるのか、名前」
「違います。本当に、杏寿郎さんは可愛いです。もちろん、いつもは頼りになるし男らしくてとても素敵な方です。けれどたまに、子どもの様に見えて可愛く思う時があるんです」
「…嬉しくないな」
「喜んでください。好いている殿方のことを可愛いと思うのは女性では当たり前のことらしいですよ」
「……なるほど」
杏寿郎は途端に笑顔になった。
ほら、可愛い。
そろそろ出発の時間だ。
もうすぐ日付も変わる。
寂しい。本当は行ってほしくはない。
次はいつ帰るんですか?危険ではないですか?
聞きたいことはたくさんある。
けれどそれは絶対に口には出さない。
出してはいけない。
「では、いってくる」
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
そっと触れ合う唇。
ひらりと彼は背を向け、部屋から出て行った。
どうかご無事で。
心の中で必死に願った。
私にはそれしか出来ない。