-28 鳳眼
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心地の良い雨音が聞こえる。
ゆっくりと瞼を上げると、正面にはじっと私を見つめる杏寿郎さんがいて驚いた。
「おはよう名前」
「おはようございます…」
手は握られたまま、なんとなく2人の距離が近づいている気がする。
朝なのに薄暗い。
屋根から雨水がパタパタと落ちる音が聞こえる。
「…あの、今って…?」
「8時だ!」
「はちじ…」
8時!?
本来なら4時に起きて6時前の列車に乗る予定だったのだ。
慌てて布団から飛び出したが、杏寿郎さんは大笑いしてその場から離れない。
「す、すみません!今支度します…!」
「いや、そんなに急がなくてもいい。別に帰るのが遅れたっていいだろう」
「でも…」
「俺のことは心配するな。どうせ予定通りに帰っても医者に診てもらうのは次の日になる。なら今日もう少しのんびりして帰っても問題ない」
「…本当にすみません」
ふらふらとその場にしゃがみ込む。
いつもとは違う慣れない寝具のためか、思っていた以上にはだけてしまっている共襟を直す。
見られてしまっただろうか?
「あまりにぐっすりと寝ていたから起こしたくなかったんだ。すまない」
「杏寿郎さんが謝ることではありません」
昨日の夜は杏寿郎さんに握られた手のおかげなのか、心があたたかくなり、安心して眠りにつけた。
眠りにつく時間も遅かったから仕方がない、と内心必死に言い訳する。
未だに布団の中で横向きに寝転んでいる杏寿郎さん。
彼も着物がはだけていて、胸板がよく見える。
急にドキドキしてきた。
「そうだ、君の姉上はもう帰ってしまったぞ」
「えっ」
「朝方早くに挨拶に来た。両親にバレる前に帰ると。今度名前には手紙を書くと言っていた」
「そうでしたか…」
杏寿郎さんはきっと予定通りに起きていたに違いない。
自分の失態に思わず両手で顔を隠した。
「名前、こっちに来い」
「は、はい…」
そろりと布団の上で正座をすると、寝転べと言われて素直にそうした。
もう眠気はないがこうして布団に入ると、どうしても動きたくなくなってしまう。
「こうしてのんびり出来るのは幸せだな」
「はい…」
「今度、旅行にでも行こう。温泉に入って、君とゆっくり過ごしたい」
「素敵です」
きっとそんなことは叶わない。
この世から鬼が消えない限り。
そう分かっているけれど、夢を抱いているくらいなら悪くないだろう。
「名前、寂しくはないか。毎日、俺が帰らぬ屋敷で。いつ死ぬかも分からない俺を待つのはつらくないか」
「…杏寿郎さん」
いつになく真剣な眼差し。
最初はこの瞳に全てを見透かされている気がして怖かった。
でも今はちょっと違う。
キラキラと輝くこの瞳をずっと見つめていたいと思う。
「私は煉獄名前です。鬼殺隊の炎柱、煉獄杏寿郎の妻として、私は覚悟が出来ています。一生そばに居ます」
「…ありがとう」
私の頭を撫でながら、杏寿郎さんが嬉しそうに微笑んでくれた。