I Love You

※注意!冨岡さんも主人公も一般人設定です。時代は明治後期※
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「義勇さん、私、結婚することになったんです」

私はいつも2人で待ち合わせる公園の橋の上でそう呟いた。
義勇さんは動じない。

私と義勇さんはまだ恋愛なんて知らない年齢の時にこの公園で出会った。
そしてその頃から今日まで1週間に一度は会ってお話をするのが暗黙の了解のようになっていた。

お互いに惹かれあっていたと思う。
告白はされていないし、私も自分の気持ちを伝えてはいない。
でも誰もいない時に何度かキスをした。

私は昔から義勇さんが大好きで、いつか彼と結婚したいと思っていたのに。
17歳の誕生日、両親に許嫁がいることを知らされた。
そして18歳の誕生日。今日。
正式に嫁ぐことが決まってしまった。


今日は私の誕生日だから、義勇さんとは前から会う約束はしていた。
けれど許嫁の話はどうしてもできなくて、ずっと秘密にしていた。
彼が私の元からいなくなる気がして。

「…いつ、どこへ嫁ぐ」

義勇さんはいつも通りの静かな声で私に問いかける。

「明日、もう行きます。場所は…詳しくは分からないんです。ごめんなさい」
「相手の家の場所も分からないのか」
「東京、ということはわかります」
「……随分と賑やかな場所へ行くんだな」
「はい」
「……怖いか」
「怖いです。…貴方と離れることが」

「そうか」とだけ言って、義勇さんは私に背を向けて歩き出した。
ああ、お別れだ。
これでもう彼とは会えないんだ。

涙を流しながら義勇さんの背中を見送る。

もしかしたら、彼が引き止めてくれるかな、なんて。
期待してしまった自分が恥ずかしい。
彼はもしかしたら私のことなんて好きじゃなかったのかもしれない。



翌日。
私は花嫁道具と花嫁衣装を担いで家を出た。
両親と兄妹たちも今日は手伝いに来るので一緒に汽車に乗った。

「なんでそんな顔をしているの。しっかりして頂戴」
隣から母親の小言が聞こえる。

私、今どんな顔してるのかな。

「そういえば名前姉さん、なんか手紙届いてたよ」
「…誰かしら。お友達のユキさんかもしれない」

妹は今思い出したようで、少しぐちゃぐちゃになった封筒を懐から出して私に渡してきた。
苗字名前様、と几帳面そうな字で書かれているが差出人の名前はない。

ゆっくりと封筒を開け、手紙を取り出す。
白い便箋に淡い紺色のインクで描かれていた文字を見て心臓が止まりそうになった。

『必ず迎えに行く。待っていて欲しい』


「姉さん、誰だった?」
「………お友達よ」
「…泣かないで姉さん」

差し出されたハンカチで顔を隠す。
両親に見られないように手紙をすぐに鞄にしまった。

義勇さん、義勇さん。
私待っているから。ずっと待ってる。

涙があふれて止まらなかった。
今まで忘れようとしてきた彼の優しいキスを思い出した。

_____

知らない男の元へ嫁いで8年が経つ。
もう「知らない男」ではないのだが、どうにも好きにはなれない。
それに子どもができない。

おまえの体が悪い、と夫とその両親に散々詰られて病院で検査してもらったが私には特に異常は見られなかった。
だが内心安心した。
こんな男との子どもなんて作りたくもない。

そのせいで私は未だに妻というより家政婦のような扱いを受けている。

私は…。
私は義勇さんをずっと想っている。

さすがに8年も経つと「迎えに行く」なんて言葉は信じていない。
大体、手がかりは私の名前と東京くらいだ。
探してはくれたかもしれないが、もう見つからなくて諦めたんじゃないだろうか。
それでも私は彼が好きなまま。


今日は夫とその両親が朝から旅行に行ってしまった。
私は連れて行ってはもらえなかった。
夫曰く「日頃の感謝を込めて父と母を温泉に連れて行くんだ。おまえは家事をして家を守っていてくれ」
だそうだ。

仕方なく、いつも通り家の掃除を始める。
砂糖がもうなくなるから買いに行かなくてはいけない。

よいしょと腰を上げた時。
トントン、と玄関の戸を叩く音がした。
こんな朝に誰だろう。回覧板かな。

「今出ます」
バサバサになっていた髪を整えて、玄関に向かった。

「はい、」
戸を開けた時、懐かしい香りに包まれた。
目の前にある顔に見覚えがある。
いや、見覚えなんてそんなものじゃない。

ずっとずっと忘れたくないと思っていた顔がそこにはあった。
私の、大好きな人。

「ぎ、義勇、さん…?」
「名前、遅くなってすまない」

名前を読んだ瞬間、ぎゅっときつく抱きしめられた体は突然のことに硬直した。
それでも歓喜に打ち震える。

「うそ、義勇さん…夢?」
「夢じゃない。遅くなってすまなかった」
「ずっと探していてくれたんですか?」
「ああ。もちろんだ」

顔を大きな手で包まれたと思ったら、とても熱いキスをしてくる義勇さんに戸惑う。
こんなキスをする人だったんだ。

「泣くな名前。……嫌なのか」
「嫌なわけないです!これは嬉し涙です」
「…よかった」

またきつく抱きしめられる。
あの頃よりも少しだけ大きくなって、体は完全に男性のものになっていた。
そっと抱きしめ返すと背中の大きさに驚いてしまう。

「俺と来てくれないか」
「…駆け落ち、ですか?」
「おまえが嫌と言っても無理矢理連れて行く」
「嫌じゃないです」

繋がれた義勇さんの手を握り返す。
きつくきつく。
もう絶対に離れないように。

「必ず幸せにするから。俺について来てくれ」
「はい」

義勇さんに手を引かれ、私は大嫌いだった家を飛び出した。




end


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