3.先負

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差し出された彼の手をそっと触ると自然と鳥肌が立った。
顔に熱が集中する。
悟られぬまいと眼鏡をかけてさも手相に集中しているかのように俯いた。

あたたかく、大きい手だ。
前世のように豆や傷がないとても綺麗な手。
泣いちゃだめ、泣いちゃだめ。
自分に言い聞かせて必死に杏寿郎さんのことを考えないように心がける。


「まず利き手が生まれ持った運命、逆が現在から未来の運命になります。右手のこの線が左手の同じ線よりもとても太くて真っ直ぐ伸びていますね。これは貴方が生まれ持った才能や力を超える実力を今発揮している、ということです」
「この線の意味は何なんだ?」
「一般的に仕事運と呼ばれてます。使命感が強く、仕事に対してストイックなんじゃないでしようか?」

周りから「当たってる〜」との声。
盛り上がる周囲とは別で、杏寿郎さんはまだ疑いの目を向けている。

「この線とこの線が交差してるのは、家族を大切にしている証拠です。将来はご両親の介護など自ら率先して引き受けるかもしれませんね」
「む…」

そこで杏寿郎さんは少しだけ反応した。
そういえば、前世で彼のお母様は病気で亡くなっていた。

「…ご両親はお元気ですか?」
「ああ!とても元気だ」
「そうですか…良かったです」

心の底から「良かった」と本当に思った。
だからこそ、仕事中の作り笑顔ではなくて素の笑顔が出てしまったがそのおかげか、杏寿郎さんも優しく微笑んでくれた。


それからひととおり見て診断結果を伝えたが、周りは「当たってる当たってる」と盛り上がる割に終始杏寿郎さんは「うーん」と言った感じだった。

「もう、先輩ったらまだ信じないの?」
「む…誰しもに何かしら当てはまるような内容じゃないか?」

本当にこの人は占いを信じていないらしい。
ちょっとだけ意地悪してみようか。


「私は…貴方のことをよく知ってます。貴方はさつまいもが好き。さつまいもご飯と、特にさつまいもの入ったお味噌汁が好きです。それと、お弁当にタイの塩焼きが入っていたら気分が上がる」
「…よもや」
「能や歌舞伎を見るのが好き。あ、それと相撲も」

周りの人たちは知らないようで「あってるの?」と杏寿郎さんに問いかけているが、彼は驚いていて全くその質問に返答しない。

「…もしかして、お腹の辺りにアザはありませんか?それか、よく痛むとか」
「……アザがある」

まさか、本当にあるとは思わなかった。
どこかで読んだ本で「アザがある場所は前世で致命傷を負った場所」と書いてあったのを思い出したのだ。
前世で、彼の遺体を見た時の衝撃は忘れられない。
お腹に大きな穴を開けて帰ってきた彼を見て「ああ、彼は本当に死んでしまった」と現実を突きつけられた。


「…俺は君とどこかで会ったのか?」
「どこで、会いましたかね?」
「…名前は?」
「私は苗字名前と申します」
「…」

思い出していないのだろう。
そして会った覚えもないのだろう。
怪訝そうな顔をされて少し傷つく。


「お、もうそろそろ時間だぞ」

取り巻きの男の1人が腕時計を見て慌てる。
電車かバスにこれから乗るのだろう。
女たちもキャアキャアと賑やかになる。

杏寿郎さんは最後まで立ち上がらなかった。
それでもみんなに声をかけられ、私にお礼を言って帰ってしまった。


また出会えるだろうか。
いや、きっと出会える。
そう信じる。



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