11話「2人きり」
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静かだった。
部屋に2人きり、時間の流れが遅く感じる。
名前は冨岡の斜め前にちょこんと座り、彼が食べ終わるのを待っていた。
そして冨岡はいつもよりゆっくりとおにぎりを食べる。
食べ終わると名前が帰ってしまう。
そう思うと少しもったいない気がしたのだ。
冨岡自身、自分の気持ちに困惑する。
自分が他人に対してこんな気持ちになるなど珍しい。
そばにいたいと思う。
一緒にいることが心地いい。
名前が嬉しそうに冨岡を見る。
その視線が気になって落ち着かない。
「おまえと同じ年頃の女中はいないのか」
「はい。鬼狩り様も利用する宿ですから、あまり新しい従業員は増やしたくなかったようです」
従業員が高齢化して、さすがに新しい人間を雇おうということで名前が3年前にここに来たらしい。
名前に一番近い人間でも40代だそうだ。
「来年、今60歳の女中さんが辞めるんです。それでまた新しい人が入るんですけど、まだ先輩になる自信なくて…」
「そうか」
「私まだまだで。他の人に迷惑かけてばかりで情けないんです。勉強のために今は鬼狩り様の担当をさせていただいてますけど、それもいつも緊張しちゃって。
だから今日、冨岡さんが来てすごく嬉しいです」
「……なぜ」
「なぜって…なんででしょう。冨岡さんで良かったって思ったんです。安心しました」
「…そうか」
嬉しいと思った。
彼女の言葉に冨岡は気分を良くした。
最後の一口のところで名前は立ち上がり、部屋の中でお茶を入れ直した。
良い香りが部屋に広がる。
「どうぞ」
「ああ」
「明日には出発ですよね?」
「そうだ」
「気をつけてくださいね」
おやすみなさい、と言って名前は部屋から出て行ってしまった。
名前の淹れてくれたお茶をすする。
ちょうど良いまろやかな味だった。
窓から見える空にはちょうどまん丸の月が顔を出している。
ふと、死にたくはないな、と思った。
次に家に帰って隣の家の名前を見るまでは死にたくない。
冨岡は自分らしくもなくそう思えた。