これ の続き


ななしやまななし、21歳。年齢イコール彼氏いない歴。
そう、ハタチも越えて、わたしにはそういった浮いた話はひとっつもない。思春期真っ盛りの中学時代も、青春真っ只中の高校時代も、そして今も、恋だの愛だのといった桃色の話題にまったく、そう、それはもう、まったく、縁がない。
真琴によって、大事に大事に箱に入れられて育ったわたしには今ひとつ関係ないものという認識ができあがっていた。
恋愛に疎いのには、もう一つ要因がある。真琴や遥に散々お世話をされてきたわたしは、どうも目が肥えてしまったらしく、そのあたりにいる男の子たちはジャガイモ程度にしか見えないのだ。わたしは悪くない。無駄にイケメンな幼馴染みたちがいけないのだ。
そうしてわたしは、恋とは何かもさっぱり理解しないままこの年になり、一丁前にカレシがほしいという気持ちだけを得た。縁遠いことは分かっている。分かっているけど。

ともかく、それにしたってまるまるくんがななしちゃんのこと好きらしいよおとか、そういう女子っぽいことが少しくらいあってもいいじゃないか。夢くらい見させてよ。
琥珀色の光に照らされた個室で、ぶちぶちと文句をこぼしながら唐揚げをつまむ。左手にはノンアルコールビールならぬ、ジンジャーエール。

「ななしまだ付き合ってないの?」
「わたしもカレシほしい!なんでわたしにはカレシが出来ないんだと思う?!」
「いやあ、あんた、それはねえ…」
「しょうがないでしょー」
「しょ、しょうがない?!二人ともひどい…!カレシほしい!ほしい!」
「ちょっと、ジンジャーエールで酔うのやめてよ」
「酔ってないやい!」
「わたしたちが橘に怒られるんだからね?」
「ま、真琴には屈しない!」
「ばか、ななしが橘くんに勝てるわけないでしょ」

ぐっ。事実なだけに言い返せない…。ジンジャーエールを喉に流し込んで、机にほっぺたをくっつける。ごちんと痛そうな音がしたが、ひんやりしていて気持ちいい。
勝てないことは分かっている。反抗する気もそんなに強いわけじゃない。真琴がわたしのために言っているのは知っているから、今日も絶対に飲ませないという条件のもと、居酒屋での女子会に参加することとなったのだ。
そもそも昔から仲のいいこのふたりは真琴ともそれなりに交流があり、少しでも飲めばすぐに真琴に筒抜けになるだろう。その後のことなんて考えたくもない。ぞっとして酔いがさめる。酔ってすらいないのに。

「だいたいさー、真琴は過保護なんだよ。荷物だって自分で持てるし、そもそもそんな重いものじゃないよ?バイトだってわざわざ迎えに来なくたって家から10分くらいしか離れてないし、レポートだって自分でできるし、ご飯くらい用意できるし!」
「橘くんななしに甘いからなー」
「橘は心配なんでしょ?」
「だーかーらー、わたしは真琴が思ってるより自分でいろいろやれるんだってば!おかんか!」
「まあ橘くんからしたらどれだけでも面倒みてあげたいんでしょ」
「目に入れても痛くないんでしょー」
「なーんでわざわざそんなめんどくさいことしたがるのかさっぱり分かんないよ…さっさと彼女でも作って彼女の面倒みたらいいじゃん」
「ななしってほんとにばか?」
「ばか。超馬鹿。橘カワイソー」
「なに、今日なんかきつくない?」

二人が呆れたようにため息を吐く。「あのね」「…あたしたちが、言っちゃうのもどうかなと思うんだけど」顔を見合わせて気まずそうに口を噤む。でも、だの、いいのかな、だの、二人でループするものだから気になってしまった。
二人が箸を置いてこっちをじっと見つめる。

「…橘くんはね、ななしのことが…、その、好きなんだよ」
「わたしだって好きだけど…だからってこんなに世話焼かなくたって、」
「…そうじゃ、なくて」
「そうじゃなくて。女として、好きってこと」
「……えっ、」

からん、グラスの氷が崩れる音が、やけに響いた。真琴が、わた、し、え?ちょっと待って待って待って待ってまっ、て。そんなのないないって言いたいのに、どうしても言えなかった。それは、わたしが見ないふりをしてきたところと、通じていたからだ。
みんなから付き合っちゃえよって言われる度にやめてよと返していたわたし。それとは反対に、真琴は困ったように笑うだけでいつだって否定しなかった。
それは、何故か。真琴は自分の大事な気持ちを、嘘でも否定したくなかったからじゃないのか?血の気が引いて、指先が冷えていく。

「いい加減、進んであげなよ。どっちに転ぶにしたってさ」
「…やだ」
「やだってアンタ」
「今のままがいい…」

真琴と離れたくない。終わりたくない。拗ねた子供みたいにだだをこねる。そんな自分を隠すように上体を起こしてジンジャーエールを一気に飲み干した。
ぼんやりする心の奥底で小さく小さく思ってみた。真琴、すきだよ。




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