◎ 神宮寺レンの場合
出会った時、綺麗なオレンジの髪だと思った。
「こんにちは、レディ?」
最初は警戒していた。女にだらしのない男だって。
でも仲良くなって、仲良しコンビと言われ仕事で共演していくうちに、彼は寂しかっただけなのだと知った。
私はそれを受け入れる覚悟をした。
私が彼に想いを伝えると泣きそうな、消え入りそうな声で
「ありがとう、ありがとう」
と言い抱き締められた。私の顔にかかる彼の髪は綺麗なオレンジとピンクのグラデーションだった。
「ね、レン?貴方そんな髪色だった?」
楽屋で話しかけると彼は鏡に映る自分を見つめながら首を傾げた。
「染めた覚えはないんだけどな。確かに少し…明るい?桃色かがっているかもね」
「だよね、私の気のせいじゃないよね」
ピンクになっている毛先を弄りながら怪訝な顔をする彼に「変じゃないよ」と声をかけるとお礼に髪にキスが降ってきた。
「馬鹿。見られたらどうすんの」
「オレ達は世間様公認の仲じゃないか。今更だとは思わない?」
そう言ってまたキスを落とす彼に呆れながらも私も確かに幸せを感じていた。
面倒なことになった。収録を終え自宅に帰ろうとしたところ男性スタッフにご飯に誘われ、しかも馬鹿正直にこの後の予定はないと言ってしまった。
「すみません、今回はお断りさせていただきます…」
「ん?神宮寺くんとのこと心配してるの?別に変な事しないから大丈夫だよ?」
(…するだろ)
さてどうしたものか、と視線を泳がせていると突然腕を掴まれた。
「も〜ノリ悪いよ〜?奢るし神宮寺くんには後からフォロー入れといてあげるからさ!行こ!」
「ちょっ…やだ、あの、やめてください…!」
「何してるのかな?」
低く、怒りを孕んだ声。ハッと声がした方を振り返ると予想通り彼−神宮寺レンがいた。
「レン」
動揺するスタッフの手を振りほどきレンへ縋る。
「大丈夫だった?」
「うん、腕掴まれただけだよ」
優しく撫でてくれるレンの大きな手に安心する。
「あ、あの、じゃあ俺はこれで!お疲れ様!」
「あ、ちょっと待って?」
彼がスタッフの耳元で何かを囁くと、青ざめ慌てて走り去って行った。
「ごめんなさい、私の不注意で…」
「いいんだよ。怖かったよね、全く…」
抱き締められている体勢から顔をよく見ようと体を離し、私は驚きで身を固くした。
「…ねえ、髪色、どうしたの」
え?とでも言いたげな彼の髪に触れ見つめる。
真っ黒なのだ。気のせいなどでは済まない。漆黒、という言葉が似合いそうなほど艶のある黒髪になっていた。
本人も初めて気づいたようで驚きの色を隠せずにいる。
「何、これは…どうして」
「…」
「レン、何か悪い病気なんじゃ…び、病院…」
「…大丈夫だから。今はこうして側にいて」
うん、と返事を返し、私に縋るように抱き着いてくるレンの背中をさすってあげた。
本当ならこんなことを言っている場合でもないのだが、レンがそう言うなら私はそれに応えるのだ。
「…ん」
「ハニー起きた?おはよ」
ちゅっと髪にキスを落とされ添い寝してもらったことを悟る。
「レンおはよ。昨日のことだけど…あれ?髪戻ってるね」
梳いてやると彼は何のことかわからないという顔をした。忘れた?いや、そんなわけがない。昨日あんなに怒っていたではないか。
おかしいと思いながらも深く突っ込んではこちらも後ろめたくなるのでこれ以上は話さないことにした。
「おはよ、レン。今日はなんだか髪がピンクだね」
「…?レディ、おはよう。失礼だけど、レディはオレの事を知っているのかな?関係者?」
「…は?」
関係者も何も、あんたの彼女ですが。レンはふざけている様子もなく至極真面目に尋ねているのが表情でわかる。
綺麗な桃色の髪は私が綺麗だと思ったオレンジの髪とは全く別だった。
神宮寺レンは感情によって髪色が変化する病気です。進行するとひとつひとつ記憶をなくしてゆきます。ねずみの尾が薬になります。 http://shindanmaker.com/339665
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