夜、京治くんが寝てしまった後。明日も仕事だっていうのに私はうまく寝つけなくて、ダイニングのテレビをぼんやりと眺めていた。

ときどきこういうことがある。別に何か嫌なことがあったとかじゃない。ただなんとなく寝つけなくて、いろいろなことを考えてしまうのだ。

「・・・コーヒー、飲もうかな」

深夜のよく分からないバラエティを見ながらぽつんと呟く。そう言うといつも俺のも入れてきてください、と言う京治くんは隣にいなくて、すぐそばの部屋にいるのになんだか寂しくなった。

ソファに体育座りして膝をかかえる。明日嫌だな、休みたいな。そう思うのは今だけなのは分かっているんだけれど、でも憂鬱で仕方がない。

「・・・あ」ガタリと物音がして、振り向くと目をこする京治くんが立っていた。「ごめん、起こしちゃった?」そう聞くとトイレ、と呟いて逆側のドアに抜けていく。

「・・・コーヒー飲も」

立ち上がって台所に向かい、粉をがさがさと出していると後ろから重みが加わった。「寝る前のカフェインはよくないですよ」さっきより少し目が覚めたような京治くんの声が落ちてくる。

「京治くん、ベッド行きな」
「寝ないんですか」
「飲んだら寝るから」
「だから」

カフェインはだめ、って言ってるでしょ。とインスタントの瓶を取り上げられてしまった。

「寝れないんですか」
「ん、大丈夫だから」
「ほら、よしよししてあげますから」

こっちきてください。振り向かされて正面から抱きしめられる。髪を通っていく京治くんの指が心地よくて、その胸に顔を押し付けた。

「なまえさん、寝よ」
「・・・うん」

さきほどまでの憂鬱さはどこへやら。胸に広がるじんわりした温かみを感じながら、手を引かれるまま寝室へ向かう。

2人で布団に潜り込む。ぎゅ、と抱きつくと京治くんも返してくれて、やっぱり眠いのか力加減がいつもより強い。でも今はそれが心地よくてたまらない。

キスをせがむと唇を寄せてくる。けいじくん、と呟けば呼び返してくれる。

私はいつまでこの人といられるんだろうかとふと考えた。一緒に住み始めてから幾度となく見せてきたこの情けない姿に、京治くんがいつか辟易してしまったらどうしよう。ひとりじゃなんにもできない私だったけれど、今ではもう京治くんなしじゃ生きていけないんじゃないだろうか。

それはご飯を作ってくれるとかじゃなくて。京治くんは私の立派な精神安定剤で、彼のおかげですべてのバランスがとれて、生活の中心は全部京治くんで。

年下の彼にこんなに縋ってしまっていいんだろうか。いつだって包み込んでくれるこのぬくもりがどこかに行ってしまったら、私はどうしたらいいんだろうか。・・・いつか、終わりがきてしまうんじゃないだろうか。

「大丈夫ですよ」

ぽん、と京治くんの手が頭を撫でる。胸にうずめていた顔を上げるともう寝てしまいそうな彼の顔が見えた。

「なまえさん、大丈夫ですよ」
「・・・なにが?」
「俺はここにいますから」

ずっとここにいますから、と京治くんが歌うみたいに言う。きゅ、と心臓が音をたてたような気がした。

「なまえさんがいらないって言うまで、ちゃんと居ますから」

最後にそう呟いて、京治くんは眠りに落ちてしまったようだ。馬鹿だなあ、いらないなんて、私が言うはずないのに。

なんでもかんでも見透かして、私が欲しい言葉をいつだって見つけて教えてくれる。

揺れてしまいそうな涙腺をこらえて、もう1度京治くんの胸に顔を沈めた。上から聞こえる寝息と、いっぱいに広がる京治くんのにおい。

京治くんがいらなくなるまで傍にいさせてね。目を閉じて、心の中だけで呟いた。私の居場所は、ちゃんとここにある。




 おやすみなさいの前に


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