疲れた体を引きずって階段を降りる。いつもの最寄駅、いつもの改札。京治くんはもう家に着いたかなあ、と定期を出しながら考える。今日のご飯はなんだろうか。

「なまえさん」

・・・疲れすぎかな、幻聴が聞こえる。京治くんはこの時間もうとっくに家かスーパーにいるはず。早く彼の顔が見たいって言ってもだいぶ重症だなあ、電話しようかなあ。

「なまえさんってば」
「・・・京治くん」

後ろから腕を掴まれて驚き振り返ると京治くんが居た。なんでいるの、呆然と聞くと「今ちょうど帰ってきたんです」。

「なんで連絡くれなかったの・・・」
「なまえさんもうちょっと遅いと思って」
「ああ、そっか」

京治くんは大抵私より先に帰っているから、少し遅くなるといつも駅から一緒に帰りましょう連絡をくれる。そういえば確かに今日はちょっと私も早めだったかもしれない。偶然とはいえ、いや、そんなさりげない偶然が嬉しい。

「いっしょに帰れるね」
「スーパー寄っていいですか」
「うん」

改札を抜け、今日の夕飯何にしようか、なんて話をしながら手をつなぐ。付き合い始めてからもう2年は経つけれど、2人で歩くときは何も言わなくても手を繋いでくれるのだ。ちょっとの散歩のときも、旅行に行った先でも、それは2年前から変わらない。

こういうとこ、好きだなあ。変わらずにいてくれるところ。変わらずに、私を愛してくれているところ。だから私も精一杯彼を愛すのだ。

「鶏肉安くなってるよ」
「照り焼きにでもしますか」
「いいね〜ご飯進むね〜」
「ほんとはビール飲みたいくせに」
「バレたか」

明日も仕事なんですから今日はやめてくださいよ、と呆れた顔をしながら京治くんは鶏肉をカゴに放り込んだ。他にももやしとかキャベツとかブロッコリーだとかを買って家路につく。

「月が綺麗だね」
「・・・口説いてます?」
「もう!」
「俺は死んでもいいです」

また手をつなぎ直して、2人で夜空を見上げる。綺麗に晴れたところに浮かぶのは満月で、少しだけ茶化すような京治くんの口ぶりにどきりとした。

「そんな悲しいこと言わないで」
「二葉亭四迷ですよ」
「分かってるもん」

でも確か、本当は違うんじゃなかったっけ。いつだったか某掲示板で見かけたスレッドを思い出した。ツルゲーネフの"片恋"。京治くんが家の鍵を開ける。

「私は一緒に生きたいなあ」
「なんですか急に」
「二葉亭四迷への反逆」

スーツ姿のまま、食材を冷蔵庫に詰め込む京治くんを横目で追う。このままこの場所で、ずっと2人で過ごしていけたら。私にとってこれ以上のことなんてどこにもないのだ。




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