「協力」
お昼。
食堂は、かなりの人で賑わっていた。
「そんでねー、昨日の8時の番組がねー。」
「朝の話か?」
「あ、8時てのは夜の!」
「夜か。」
「まじでびびったよーカブトムシがまさかあんなにこってりするとは…あ、日和チャン!」
「カブトムシ…?」
「興味持つんかい!」
私のツッコミが食堂に響き渡る。
恥ずかしさを紛らわせるように、小さく咳払いを一つ。
「おつかれ、覚くん、若。」
「いいツッコミだったよー日和チャン。」
「ほっといてください。」
「日和、来たか。」
「う、うん。」
「ん??なんかあんの?」
若の右斜め前、覚くんの隣に座り、光作のお弁当をテーブルに展開した。
「実はね…かくかくしかじかで。」
「鹿の核を直で書くって??」
「かくかくしかじかが分からなかったら遡って読んで!」
「へ!?何を!?何を遡って読むの!?」
「うむ、なるほどな…。」
「若利クンは分かるんだ!」
さすが、ウシワカ様は話が早い。
「要約すると、弟の光と比べいつまで経っても彼氏が出来ない日和に、母親が痺れを切らしたと。そして日和は母親を安心させるために、俺に彼氏のフリをして挨拶に来て欲しい、…ということだな?」
「はい、まったくその通りでございます。ウシワカ様。」
改めて確認すると酷い話である。
話を聞いてようやく理解した覚くんが、ポンと手を打った。
「なぁるほど〜。じゃあさ、俺にしちゃいなよ日和チャンっ!嘘の挨拶じゃなくて
本気の挨拶に行っちゃうよ?」
「いや、覚くんだけは無理。ギリギリ獅音くんがオッケーでも覚くんだけは無理。」
「えぇーなんで!?」
「お母さんに覚くん紹介したら、逆に心配されちゃうでしょ?」
「一理あるな。」
「若利クンまで!!」
ゲーン!と打ちのめされる覚くん。悪く思わないで!
「で、どうかな…若。」
「そうだな…。」
「若の不利になるようなことはしないよ!もし忙しくて家に来れないってことなら、名前だけ貸してもらってさ…。」
「…ふむ。」
若は、私の話を聞いてかそうでないのか、頷いたり首を傾げたりと考え込んでいるようだった。
しばらくして、若はゆっくりと口を開いた。
「…しかし、日和。お前はそれでいいのか?」
「…え?」
「お前の母さんはそれで安心するだろう。だが、それはどう足掻いても嘘だ。嘘で母さんを安心させて、それでお前は満足か?」
「…!」
嘘…。
女手一つで、私と光を育て上げた、逞しいお母さん。
『彼氏がいるなら、教えてよ。早く母さんを安心させてちょうだいね。』
「…おかあさん。」
噛みしめるように呟く。
若がごちそうさま、と呟いて箸を置く。
「どうなんだ?日和。」
「私…は…、」
脳裏に、お母さんの笑顔が浮かぶ。
『私の可愛い、自慢の娘よ。自信持ちなさい!』
お母さん…。
「私は…それでも、いいよ。」
絞り出すような声。
何かが引っかかるようだった。
「…そうか。それなら、しばらくは部活も休みがないし、日和の方から母さんに伝えてくれ。」
「…うん、ありがとう。」
なんとなく、後味が悪かった。
せっかく弟が作ってくれたお弁当なのに、なんだか美味しく感じられなかった。
続く
公開:2016/07/13/水
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