みんないろんな形でヒーローだけども


「おい、緋色紅の写真集出てるぜ!うおー!」
「まじか!うおぉー!買うわ!」
「うおぉお…表紙からもーきわどいなぁ。」

「ちょ、やだあれショートじゃない?」
「ウソ!?やだ握手してもらお!?」
「やだ無理はずいって!…あれ、ショートが見てるのって…。」

「……。」



「おいこれはどういうことだ?」
「へ??」

意気揚々と帰宅した妻をリビングに連れ込み、その本を手渡す。
彼女はまじまじとそれを見て、にへっとだらしなく笑った。

「えー、焦凍これ買ったのぉ?えっち。」
「えっちじゃない。どういうことなのかと聞いてるんだ!」

珍しく感情を表に出す夫に、その本の表紙に写る翠は少し嬉しそうだ。
轟が手にしているのは、グラビアアイドル緋色紅(ヒイロ アカ)の写真集。

つまり…緋色紅は翠の芸名であり、その写真集は翠の写真集なのである。

「てゆーかヒーローのショート様がグラビアの本なんか買っちゃってだいじょぶ?ネットで変な噂されない?」
「…。」

無言で睨みつけてくる轟に、翠は肩を竦めた。

「だって仕方ないじゃない、グラビアだって立派なヒーロー活動よ!思春期男子や成人男性の行き場のない性欲を間接的にでも満たしてあげているの!」
「だからって…こんな…俺も知らないところでこんな…こんな破廉恥な格好を…!こんな仕事受けたなんて聞いてないぞ!」
「だって言ったら焦凍絶対ダメって言うでしょ?」
「当然だ!」
「ほら、だから言わなかったの。」
「う……。」

轟は改めて手に持った雑誌を見て、顔を赤くした。

「焦凍、写真なんかで照れてるの?ホンモノ見たことあるくせに。」
「照れてない!怒っているんだ、俺は。」

轟は自身を落ち着かせるように、1度大きく息を吸い、吐いた。

「相談しなかったのは、それは謝るよ。でもわたしはグラビアアイドルなんだよ?」

翠の言葉に、轟はしばらく黙り込んだ。

「翠。」
「?はい。」
「お前は確かにグラビアアイドルだ。だがそれ以前に俺の妻だ。」
「勿論デス。」
「…。」
「…あ、もしかして嫉妬?」
「っ…!」

図星だーと笑う妻に、轟は溜息を吐く。

「…そう、みたいだな。」
「…!」

珍しく素直な夫に、翠は目を見開く。

「どうしたのよ焦凍、今回は素直じゃない。」

焦凍は眉を寄せたまま、翠を抱きすくめた。

「…そりゃあ、嫉妬するだろ。こんな格好…俺以外の人が見られるなんて。」
「…ふふふ。」
「…なんだ。」
「でも、焦凍しか知らないわたしはいっぱいあるよね。」
「…そう、だけど。」

翠は、珍しく不安げな夫の髪に指を通した。
さらさらと流れていく髪の毛を見つめながら目を細める。

「ねえねえ、じゃあさ。発表しちゃおうよ。」
「…?」
「男子のアイドル緋色紅と、市民のヒーロー・ショートは夫婦です、結婚してます、って。」

翠の提案に、轟はハッとする。

「ってゆーかなんで隠してたんだっけ?私達。」
「それは…お前が。」


『ヒーローの妻がグラビアアイドルじゃ、不純だって言う人がいるかもしれないじゃない?ヒーローはイメージが大事なんだよ!だから…私のことは、隠してていいと思うんだ。』

『翠…お前がそんなに謙遜する必要はないだろ。どんな職業だって、誇りを持ってこなしていれば胸を張っていいはずだ…。』

『ふふ。じゃあわたし、焦凍の活動が軌道に乗ったら、胸を張って焦凍の妻です、って言いふらすね!』


お前が、俺を思って…。



「焦凍はプロヒーローで、文字通りみんなのヒーローとして色んな人を助けてるね。でも、わたしもグラビアアイドルとして、色んな人の心を満たしているんだよ。ヒーローって、プロヒーローだけがそうなわけじゃないと思うんだ。休日に働く店員さんも、大企業の社長さんも、子育て中のお母さんもみーんな誰かのヒーローだと思うの!」

それは、翠の信念でもあった。
翠がまっすぐな目で轟を見つめる。

「みんなが、誰かのヒーロー…か。」

轟は目を細める。翠がやけに眩しく見えた。

――ヒーロー…。


徐々に表情が綻んできた轟を見て、翠はいたずらっ子のような笑みになる。

「でもね。私は、世の男だけじゃなくって一番は焦凍のヒーローだと思ってるよ。」
「…え、」

「だって、焦凍がたくさん甘えられるのは、私だけでしょ?」

パチリとウインクして見せると、轟は諦めたようにソファに深く身を沈めた。


「…そうだな。」



そして…。




『轟くん、ついに発表したんだね!今パトロールが一段落してさ、ネットニュース見てたらトップに上がってて思わず電話しちゃったよ!』
「あぁ、緑谷。翠と話して、いいタイミングだと思ったんだ。」
『え…た、タイミングって…もしかして写真集の…?』
「…お前も知ってるんだな。」
『あ!あ!いやいや!違うよ!?決して違うからね!?ボクはほら、同級生の活躍はヒーローのみならず全部チェックしてるから!ヒーロー活動に並んでバンド活動もしてる耳郎さんのニューシングルも同じようにゲットしたし八百万さんの新作著書"クリエイティブなティータイム提案"もこれから三周目だし…』
「あぁ、わかった。」
『あ…ごめんまたボク語って!』
「いや、いい。変わらないな、緑谷…。それと、発表のタイミングってのは、写真集のこともあるけど、それだけじゃないんだ。」
『え…?』
「緑谷、今ネットニュース読んでるんだよな。その先読み進めてみろよ。」
『その先…?………あ!うそ!』


「あぁ。翠の"なか"、俺達の子がいる。」





「………翠。どういうことだ、それ。」
「だからぁー!お腹が大きくなってきた頃に、焦凍と一緒に夫婦で写真撮ってもらうの。マタニティフォトってやつ?過去に芸能人とかも結構…」
「…グラビア活動はしばらく休むと言っただろう!!」
「だって妊娠って何度もできるものじゃないから、素敵な写真に残しておきたいじゃないーっ!」
「今すぐ断る!事務所に連絡する!!」
「焦凍〜っ!」


気が休まらない轟焦凍でした。愛ゆえに。



fin.




公開:2018/09/03


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