白地に赤い愛の雫


その少女は、自らが傷を負うと俺の元に現れる。


別に、恋人ではない。
友達でもない。


出会いは、俺の仕事帰り。






  白地に赤い雫の愛






傷を負った少女。



偶然通りがかった俺に、少女は言った。




「見て。この傷、美しいでしょう?」




真白い肌。
真白い服。
真白い髪。



彼女は新雪のように真白だった。



そんな彼女のふくらはぎの内側。


長い一本の赤い道のように伸びるそれは、まさに傷だった。




確かに美しかった。



雪の上にぽたりと落ちる一滴の血。



俺とは全く違って、彼女の傷は美しい。




彼女の瞳は、血のように真赤だった。




彼女はアルビノだった。



見た目が幼いように見えたのもそのせいかもしれない。








「今晩は。クロロ」


微笑む彼女は、月光のせいもあって余計美しく見えた。


「やあ。ティー」



彼女はまた俺のところにきた。
俺は読んでいた古書を閉じる。




「今日はどこに傷を作ったんだ?」



そう問えば、 ティーは微笑んで太腿の内側を見せた。



ショートパンツから伸びる真白い太腿に、また一本の赤い道。


真新しい傷で、ふくらはぎまで道を伸ばしていた。


以前のふくらはぎの傷は綺麗になくなっていた。




「果物ナイフを持った通り魔なの」



通り魔に襲われた。
というのに、全くそんな事実を感じさせない少女。




「美しい」


ポツリと呟けば、ティーはふふ、と笑った。




「美しいでしょう?」








「何故お前は、俺のところに来るんだ?」



真白い肌を抱きながら、疑問をぶつける。
少しだけ紅潮した頬のティーは、小首を傾げた。



「そうね。傷を美しいと言ってくれるのは、貴方だけだから、かな」




そうか。

ティーは共感を求めていたのか。
つくづく不思議な女だ。
傷を、痛いと喚かずに、美しい、と。



「周りの人は、傷が出来ると、効きもしない薬を塗ろうとするわ。馬鹿みたいに」


クスクスと笑うティー。




太腿の、まだ新しい傷に手を這わせる。


ねっとりとした血液が手に付着した。




そうだ。

俺は、ティーが好きだ。



いや、傷を負ったティーが好きだ。




もちろん痛みを感じないわけがない。


少しだけ、震えているのだ。
恐怖ではない、痛みで。


それは、彼女から見える唯一人間らしい部分。




…愛おしい。




口の中に広がる鉄の味。


プルプルと震えるティーに、ふ、と笑みが零れる。









またティーがやって来た。


今度は頬に傷が出来ている。



真白い頬、真赤な瞳。
右頬から左頬にかかる長い長い真赤な血の道。



刀を持った、また通り魔らしい。





美しい。




彼女を抱く前は、このうえない興奮を感じる。

彼女を抱くと、このうえない幸福に包まれた。




俺は傷を負ったティーを欲していて、
ティーは他人からの愛を欲していた。






ある日、いつも月明かりに照らされ、妖艶な笑みを浮かべて現れる少女が、泣きながら現れた。



真白い肌に透明な涙は映えず、なんだか不快に感じた。




「死んでしまったの」



掠れた声だった。




誰がと聞けば、
パパが。
と答えた。





傷をつけていたのは、彼女の父親だったらしい。



アルビノであるが故に迫害を受けていたティー。
そんな娘の父親は、世間から白い目で見られていたようで、その八つ当たりに彼女を傷付けた。


すると、その美しいこと。




彼もまた、ティーの傷の虜になっていたようだ。





「傷をつける人がいなくなったわ」



しゃっくりを上げるティー。


彼女はどこにも傷がなかった。




不快で仕方がない。



傷のないティーなど、ただの少女だ。





無性に腹が立つ。






「傷のないときに俺の前に現れるな」





ビクッ。
ティーの肩が跳ねた。



初めて、怯えた目で俺を見た。




そうだ、その目だ。



俺はティーの腕を引き、近くに落ちていたナイフを拾った。



「ひっ…」



月を写すようなナイフが、彼女の真白い腕に当てられた。



ガクガクと膝が震えている。



抵抗はしない。
父親のときの癖だろうか。




ナイフを持った俺は、気持ちが高揚して、手が震えていた。





「あ…くろ…くろろ」





上ずった声。
涙目の真赤な瞳。


そして、白い頬。




全てが俺を興奮させた。





ツツ…



ナイフが、彼女の腕をなぞった。


自らの手によって作られる、赤い線。




長く、長く。
もっと長く。
もっともっと、長く。




いつの間にか、息が荒くなっていた。



ツーと傷口から赤い涙が流れる。






「美しい」




「……くろ、ろ」





震える声。




愛おしい。






零れ落ちる透明な涙を気にせず、赤い涙を舐めとった。





「…くろろ……」




絶望を、しているのか?

それとも歓喜を?





「お前の大好きな傷だよ」




そういうと、ティーは大きく目を見開いた。




「美しい、ね」



頬を紅潮させて、微笑んだ。








傷のないティーなんてティーじゃない。



傷が消えてしまったなら、俺がまた傷をつけてあげるよ。






愛してほしいなら、真白い肌を差し出して。






至高の、そして孤高の、2人だけの真赤な愛を。



真白い雪の上に降らせて。







fin.



公開:2013/06/17/月


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