星とプール


ザバザバザバ……

水を掻き分ける腕は、入部したてに比べると随分逞しい。
激しく水面に叩き付けられ、水しぶきが跳ぶ。
その巨体と水の音が、段々大きくなる。
ようやく音が止まったと思うと、次に聞こえたのは大きな声。

「ンッッハ!どーだコレ、凪ちゃんコレ、ベストタイムっしょ!?」

自信満々といった顔を覗かせる大男。
私はゆっくり立ち上がり、手元のストップウォッチを彼の眼前に突き付けた。

「残念。あとコンマ一秒だよ、健悟」
「えぇーまじかよ!」

ちぇ、と吐き捨て、水面をパシャッと弾く。

「わ!ちょっと、やめてよ!私は水着じゃないんだから……」
「ウンウン、知ってる知ってる。ワザとやってる」
「……!」

唇を突き出して、ヘラヘラ笑う健悟。
思いっきり顔に水をかけてやると、ゲホゲホと咳き込んだ。

「やったな!」

グイッ

「えっ、あっ、ちょっと、けん……!」

バッシャアアン!


激しい音を立てて、私の体は水の中に吸い込まれた。
突然のことで慌てた私は、軽くパニックになり、手足をばたつかせる。

「っと!」

そんな私の体は、ぐいっと上に引き上げられる。
健悟の腕が支えてくれているのがわかる。
あ、これ、お姫様抱っこってやつだ。

「ぷはっ!もー!何してくれるの!バカ健悟!!」
「ンハッ!わりーって!あんなちーっとの力で落ちるとは思わなかったんだって!」

照れ隠しに水をかけまくる。
だけど、こんな近距離で顔に水をかけてるのに、健悟は体を支えてくれたままだった。
仕方なく、水をかけるのだけはやめてあげた。

私が少し落ち着いてくると、健悟は私を下ろしてくれた。

「着替えないんだけど」
「ンハッ、俺の貸してやる!」
「絶対デカイ」
「Tシャツ一枚でいけそうだな!」

本気なのか冗談なのかわからないけど、なんだかすごく楽しそうだった。

「明日風邪引いたらどーするの…皆勤が……」
「見舞いくらい行ってやるって!」
「そーいう問題じゃないの!」

一通り文句をぶつけるけど、健悟はめげない。
ほんと、精神は強いんだから。


「まーまぁ、せっかくプール入ったんだから凪ちゃんも泳ごーぜ?」
「私が水泳苦手って知ってて言ってるんだよね?」
「もち!」

ニカッと笑う健悟を前に、私はため息を吐いた。
健悟はくるっと後ろを向くと、肩まで沈んだ。

「…?」
「ほれ、掴まれって!泳ぐぜ!」
「へ…」

促されるまま、首に腕を回す。
健悟はそれを確認すると、ゆっくり腕で水を掻き始めた。

すい、すいーとゆっくり進んでいく。
随分と達者になったなぁ。
体もガッシリしてる。
健悟も男の子なんだなぁ。

意図せず着衣泳となってしまったが、なんだか悪くない気がする。
プール的には全くよくないと思うが。

「たの……しい、かも」
「ンハッ!だろ!?」

約一年前には、私よりも泳げないカナヅチだった健悟が、まるで我が物のように泳いでいる。
進化の天才か、確かに健悟にピッタリだ。


「あ、凪ちゃん見てみ、星いっぱい出てる」
「え、…わーほんとだ!」

真っ暗な空に、点在する星。
なんだかロマンチックだなーとか思いながら、健悟の首に回す腕の力を強めた。


「なーなー凪ちゃん、あのさ、委員会ない日も、いつも遅くまで残ってくれてありがとな!」

いつもの調子で健悟が言う。
だけど、どこか切なそうで、胸が締め付けられた。

「みんな早く帰っちゃってさ」
「健悟、……」

その語尾は震えていて、なんだか私まで泣きそうになる。

彼は、気付いているのだろうか。
お人好しだから、期待されるから。
その大きな体ですら抱えきれないような重荷を、きっと背負っているんだろう。

健悟は私を乗せて進みながら、夜空を見上げた。


「俺、必ず個人で一位になっから。そしたら団体で一位。全国制覇!」
「……うん。最高だね、そうなったら」
「おう!そしたらさ、一番にお前からオメデトウききてーな」
「…!」

首を捻って顔をこっちに向けて、ニカッと笑う健悟。


「……しょーがないな」


きっと、健悟が個人で一位になれば、水泳部の人たちにも火がつくよ。
そうしたら、団体戦で優勝も夢じゃない。

必ず最前列にいてあげる。
誰より大きな声で声援を送ってあげる。
昔だって、今だって、ずっとそうしてきた。
きっと、これからもずっと。

健悟がどのステージに立っていても。




ザバッ

「はぁ、早く着替えなきゃ…」
「あっ、凪ちゃん待って!」
「え!何?」

プールサイドに上がった私を呼び止め、健悟は押し黙る。
何かあったんだろうか。

「……健悟?」
「…あのさ」
「う、うん」

何を言われるのだろうと、体を強ばらせていると、ようやく健悟がその重い口を開いた。


「凪ちゃん……めちゃくちゃ透けてる」
「……!?」

バッシャア!!

思い切り顔面に水をかけてやりました。



おまけ

「はっくしゅん!」
「ンハッ!ほんとに風邪ひいちったの!?」
「当たり前じゃない!まだ春先だよ!?」
「ごめんごめんって!でも、風邪っぴきでも学校来てて偉いえらーい!」
「わっ!あ、頭撫でないでよ!っは…はくしゅん!」



Fin.



公開:2016/03/18/金


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