君がいないと


「つまりですね!こちらの商品は今買うととってもお得なんですよぉ!」
「へぇ、そうなんですね。」

玄関で声高々に語る見ず知らずの男性。
この人は突然やってきた化粧品の営業マンさん。
その化粧品は全く知らないメーカーだったけど、この営業マンさんが言うにはとってもお得みたい。
でも何かいろいろなことを言ってくれたけど、わたしにはよく分からなかった。

わたしがうーんと唸っていると、営業マンさんは目を輝かせて身を乗り出してきた。

「ね、いかがです?"奥さん"!」
「…!」

奥さん、か。
その響きに、ちょっとだけ感動。

そっか、わたし鉄朗の奥さんなんだなぁ。
しかし、その鉄朗の顔が脳裏をよぎる。


『いいか?よく分からない人が来たら、とりあえず"間に合ってます"って言っておけ。』


一回、悪徳商法に引っかかりそうになった時に鉄朗がわたしにしてくれたアドバイス。
もし面倒なことになったら、鉄朗にも迷惑になっちゃう。

「でもうちは間に合ってますね。」

わたしがそう言うと、営業マンさんは困ったように眉を寄せた。

「え!そうですか…でしたら、ここだけの話…半額、しちゃいますけど?」
「え?」

営業マンさんは、口の横に手を当てて、秘密話をするかのように語った。
半額?化粧品をこの値段で…?
それってすごくお得なのでは…?
ん?いやでも、さっき初回の値段があって二回目からは変わるとかなんとか…。
というかいつも使ってる化粧品まだ残ってるしなぁ。

「いやぁ奥さん美人だから、僕も奥さんみたいな人に使ってほしいんですよねぇ…!」

結構引いてくれないなぁ、この人。
鉄朗の話聞かないで新しい買い物するの怖いしなぁ。

そこでまた鉄朗の言葉を思い出す。


『それでも引かなかったら"夫が判断するので帰ってきたら相談します"でいけ。』

「うーん…。」

でもこれは化粧品だから、夫が判断っておかしいかな…。

それに…

「結構粘ってるみたいデスネー。」
「…!」
「あ。」

それに今日鉄朗いるしね。

キッチンの方から来たのは、夫の鉄朗。
よかった、タイミングよく来てくれて…。
でも、

「焼きそば大丈夫?」
「おう、神がかり的な焼きそばが出来たわ。まじで早く食べてほしい。」

「だ、旦那さんいらっしゃったんですねぇ…!」

営業マンさんはたじたじし始めた。

まぁ、鉄朗も背がおっきいし、高校からの習慣の筋トレで体もがっしりしてるからびっくりしちゃったのかも。
鉄朗はわたしの横に座り込む。

「で、なんなんですかね?」
「え、あ、あぁ…はい!こちらの化粧品がですね…!」

営業マンさんは、さっきまで使っていた広告を鉄朗に向けて広げる。
鉄朗はさらっと目を通して、顔を上げた。

「おにーさん。」
「は、はい…?」

「ウチの嫁がこれ以上綺麗になると、おにーさんみたいな人がいっぱい寄ってきちゃって困るんで結構ですね。」

鉄朗は笑顔で言い放った。

営業マンさんは、しばらく呆然と、鉄朗とわたしを交互に見ていた。
それからズレたメガネを直して、慌てて荷物をまとめ始めた。

「あ…そうですね!はい!えぇ!いやぁお忙しいところ失礼しました!それでは!お邪魔しました!!」

ピシャンとドアを閉めて出ていく営業マンさんの背中を見つめていると、鉄朗が溜め息を吐く。

「あークソ、やっぱ俺が出ればよかったな…。」

髪の毛をくしゃくしゃと掻くと、わたしを見る。
わたしも立ち上がりながら鉄朗を見て微笑む。

「うん、でもわたし、焼きそば焦がしちゃったらやだったからなぁ。」

情けないけど、料理は鉄朗の方が美味しく作ってくれるからね。

わたしと鉄朗は連れ立ってキッチンに向かう。

「日和、俺は心配だ。」
「え?」
「昼間日和が家にいる時…またあーやって押し売りが来たらと思うと…。」

鉄朗は額に手を当て、首を振った。
この言葉は、もう何度も聞いた。
まったく心配性だなぁ、鉄朗は。

「大丈夫だよ!さっきも鉄朗の言いつけ守ってたもん。」
「でもなぁ…プロは上手くノせてくるらしいしなぁ…。電話ならこっちから切ればいいけど、家まで来るとなかなかな…。」

わたしの頭がもっと素早く回転してくれれば、何も心配はないんだけどな。
せめて騙されてるってすぐに分かればいいんだけど。
皆に言われるけど、わたしっておっとりしてるらしいから、そこにつけ込まれるのかも。


テーブルに座り、2人揃って手を合わせた。

「「いただきます。」」

鉄朗の作った焼きそばはすごく美味しかった。
わたしにはここまでのものは作れない。

本当に、鉄朗には感謝しかない。
本当なら炊事洗濯など、家事は全て奥さんがやるべきだ。
しかし、わたしは火を使えば火傷して包丁を持つと必ず指を切るし、洗濯機は全自動だけど何故か動かせない。

致命的な家事センスのなさを持ち合わせている。


「こんなわたしを、お嫁さんに貰ってくれてありがとうね。」
「…お、おいおい、どうした、突然?」

唐突な言葉に、鉄朗はどもってしまった。

「だって、こんな何も出来ない奥さんなんて、みんな欲しくないと思うんだよね。鉄朗だけだよ。」
「物好きってことデスカ…。」

鉄朗は苦笑いした。
焼きそばを口に含んで、もぐもぐと咀嚼する。
そして飲み込むと、思い出したように呟く。

「まぁ…日和が家事出来ても出来なくても、付き合ってからずっと嫁にするのは日和だって思ってたしな。」
「えっ?そうなの?」
「うん。出会った時から危なっかしいやつだったしなぁ、日和は。」
「いつも鉄朗が助けてくれてたもんね。」

思い返せば、わたしたちは出会った頃から何も変わってない。
きっとこれからも、わたしは鉄朗に助けられながら生きていくんだろうな。

「でも日和、俺だって日和に助けられてるよ。」
「ほんと?」
「おう。俺がいつもちゃんと働けてるのは日和がいるからだしな。日和のためだって思うと働ける。日和は俺の癒しだからな。」
「ふふふ、そうなんだぁ。」
「………うわああ俺今さらっと恥ずかしいこと言った…。」

鉄朗は顔に手を当てて、心なしか顔が赤くなった気がする。

「なんやかんや、お互いがお互いを支えてるんだね。」
「ま、そーゆーことだ!」

鉄朗は焼きそばをたいらげ、ふうっと息を吐いた。
少し遅れて、わたしもお皿の上を片付ける。

「わたしは鉄朗がいなくなったら生きていけないと思う。」
「俺だって日和の代わりなんていないな。」
「…よかった。鉄朗がわたしを見つけてくれて。」
「…そうだな。出会えてよかった。」
「ふふふ。わたしたち、いい夫婦だね。」
「だな。」

並んで流しに立って、一緒にお皿洗いをして。
お皿が手から滑り落ちて割れそうになったけど、間一髪で鉄朗がキャッチしてくれた。

よかった、鉄朗がいて。



これからもずっと鉄朗のために生きていこう。
お互いを支え合いながら、おじいちゃんおばあちゃんになるまで、ずっと。



「これからもよろしくお願いします。」
「よろしくお願いシマス。」


fin.



公開:2017/11/22


[ 24/50 ]

[*prev] [next#]


[目次に戻る]
[しおりを挟む] [コメント・誤字脱字報告]





- 塀の上で逢いましょう -




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -