一氏がモノマネバトルに出るんやて




「な、なぁ四方田……」

それは廊下に貼られた文化祭の日程を見ていた時のこと。やけに聞き覚えのある声に振り返ればいつもよりモジモジして視線が彷徨っている一氏がそこにはいた。

「一氏くん、どうしたの?」
「1日目に、モノマネバトルあるやろ?」
「うん。あ、もしかしなくても一氏くん出るの!?」
「……!!せやねん!!でな、出るからには優勝!!!する、……つもり、やねん」

語尾にいくにつれて自信が無さそうに声のボリュームが下がる一氏 からは小春ちゃんとコントをしている時の元気がなく、心配になる。私は精一杯の笑顔で彼を元気づけようと思った。

「そっか!!一氏くんなら絶対優勝できるよ!!」

初めて一氏のモノマネを見てから私は彼のファンと言っても過言ではないくらい彼のモノマネが大好きになった。声も仕草もまるで本人のように私の目には写ったのだ。確信を持って優勝できると断言すれば、一氏は照れくさそうに頬をかいた。


それから時が流れて文化祭1日目。
彼の出番が来る前に他の参加者のステージを見ている一氏はなんだか心ここに在らずという状態だった。なんだか、体調が悪そうに見えた私は一氏の顔を覗き込んで、彼の様子を伺う。彼は慌てて顔を上げたが、ほんのり頬に赤みをさしており、熱があるのかと心配になった。

「一氏くん、体調悪い?大丈夫?」
「ぇ、あ、ちゃうねん!ただ、ただな……ほんまに優勝できるかほんのちょびっと不安に……ってこんな弱気じゃいかんな!大丈夫や!!絶対優勝したる!!」

やっぱりいつもより元気がなく見えたのは緊張のせいだったようだ。自分の頬を両手でパシンと叩いた一氏に私も鼓舞する言葉を投げかけた。

「そうだよ!一氏くんなら大丈夫!!私も精一杯応援するし!!」
「四方田が応援してくれるなら百人力や!……ほな……優勝したら、俺にご褒美くれへん?」

困ったように眉を下げならヘアバンド越しにこちらを見つめる双眼には不安の色が揺れている。ご褒美という単語に少しばかり疑問を持つが、彼がそれで優勝できるのなら安いものだ。

「へ?ご褒美??いいけど……」
「おおきに!!」

間髪入れずにお礼を言う一氏は今までの表情が嘘のように太陽のようなキラキラとした眩しい笑顔を私に向けた。いつも見てる笑顔のはずなのに、距離が近いせいか少し動揺してしまった。その笑顔の後ろでステージに上がっていた演者のネタが終わり、はけていく姿が見える。

「うん!あ、一氏くん!!そろそろ出番!!行ってらっしゃい!!」
「おう、行ってくるわ!!しっかり見といてや!!」

元気よく右腕を上げた一氏は体育館袖の方へと小走りで向かう。
私はそのままステージがよく見渡せる特等席で一氏の出番を待った。


暫くして、司会のアナウンスと共にスポットライトに照らされた一氏がステージ上に出てくる。フリップごとに様々なモノマネを繰り広げる彼は今まで出てきた誰よりも客席を湧かせていた。やっぱり一氏のモノマネは皆を笑顔にする。私も涙を流しながらお腹を抱えて笑えば、彼の出番はあっという間に終わってしまった。
他の参加者のネタも無事に終わり、結果発表のドラムロールが体育館に響く。私は祈るように胸の前で手を組んで、一氏の名前が呼ばれるのを待った。

「優勝は____一氏ユウジ!!」

ドラムロールの終わりと共に望んでいた彼の名前が呼ばれる。わかっていてもやっぱり自分の事のように嬉しかった。

「……!!」
「やったでー!!!!優勝や!!!」

再びスポットライトに照らされる一氏には優勝者のメダルが首から掛けられた。胸元に煌めく金色を得意げな顔でこちらに見せる。私は手が痛くなるほどの拍手を彼に送った。


***


「一氏くん、優勝おめでとう!!準優勝の人と大差ついてたね!!」

ステージから降りてきた俺に彼女は1番に声をかけてくれる。興奮気味の四方田を見て俺までつられて笑ってしまった。

「当たり前や!!十八番連発したったしな!!」

俺は得意げな顔で彼女に金色のメダルを見せる。始まる前緊張しとったくせにとか言うなや。勝ったもん勝ちや!

「それで、一氏くん。ご褒美って何したらいいの?」

無垢な瞳がこちらを見つめれば邪なご褒美なんて言えるはずもなく……俺はずっと言いたかったお願いを口から絞り出した。

「あんな、俺の事名前で呼んで欲しいねん」
「へ、名前?」

彼女はきょとんとした顔で俺の言葉を繰り返す。ずっと、小春が羨ましかった。テニス部で四方田に下の名前呼ばれとるの小春だけやしな。

「せやねん。だめか?」
「いいに決まってるよ!!てか、そんな事でいいの?」
「そんなことて……」

俺にとっては大事やながな。なんて言葉を胸の内にしまった。人生マネたもん勝ちや!人生ホレたモン負けや!せやろ?結局、モノマネバトルで優勝しても、俺は目の前の彼女にはいつも完敗しとる。

「じゃあ……ユウジくん?」
「なんや、むず痒いわ。小春と同じ呼び方でええ」
「ユウくん!!」
「ああ、ほな、俺も天……って、呼んでもええか?」
「ええよ!……あ!つられちゃった!」

目の前の彼女はころころと可愛らしく笑う。名前で呼び合う関係まで進展しても結局まだ彼女には意識して貰えない。もう少し、もう少しだけわがままを言ってもいいだろうか。

「天、あんな……後夜祭のことなんやけど__」

後夜祭、俺と踊ってくれへんか?その言葉を彼女に伝える前に邪魔者が俺たちの視界に入ってきた。

「抜け駆けは、あかんなぁユウジ?」
「白石!?どっから出てきてんねん!!」
「あ、そっか……もうそんな時間?次白石君だっけ」

時計を見上げればもうすぐ約束の時間が終わりを告げようと秒針を刻んでいる。時間の進みが早いのはやっぱり彼女が一緒だったせいだろう。

「せやで。四方田さん、そろそろ行こうか」
「あ、ちょっと待って!!ユウくん!!これあげる!!」

白石の言葉を振り払って俺に差し出した手からころんと落ちてきたのは可愛らしいパッケージの飴だった。

「飴ちゃん?もろてええのん?」
「うん!!優勝のお祝いにしては、地味だけど……」

少し困ったように笑う彼女から貰った飴は俺の中で1番大切な宝物へと一気に昇格した。あかん、こんなの食べられへんわ。

「どんなもんより嬉しいわ!天、おおきに……!!」
「え、ユウくんそんなに飴ちゃん好きだったっけ?」

とんちきな返答をする彼女に、「今はそういう事でええわ」と伝えると頭の上に疑問符が浮かんでいる。白石がこちらに早くしろと睨むがそんなの知ったこっちゃない。俺は貰った飴ちゃんを後生大事ににポケットに入れ、彼女に向かってちぎれる程手を振った。

あー、後夜祭俺と踊ってくれって最初に言えばよかったやろか……。そんな後悔をしても白石の隣を歩く彼女に伝える術はもうないのだった。


To be continued...

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