力尽きたように眠る名前の髪に手を伸ばす。
数回梳くように指を通せばわずかに名前が身じろいで、目を開いた。
その瞬間目が合って、思わず手の動きを止めた。
「…起きたか」
「う、うん…」
状況を理解しているのか、名前は気まずそうに顔を逸らした。
一瞬おれがいることに驚いた様子だったけど、放置されるとでも思ってたんだろうか。
なんとなくそう思われてる気がして、口を尖らせた。
名前は自分の身なりを確認すると、少し目を見開いておれを見た。
「服…、ありがとう」
「あ、いや」
裸のまま寝かせておくわけにもいかず、なんとか着せた服。
かなり乱れてるし、そのままじゃいろいろ見えそうだったが、名前は裾を軽く整えただけでまたおれを見た。少し不安げなのは名前もおれの考えてることがわからないからだろう。
「悪かった、体大丈夫か」
今更な言葉に名前は軽く頷く。
かなりガッついた自覚はある。久しぶりに名前に触れて、歯止めが効かなくなってた。
おれですら疲労感があるんだ、名前の方はもっと辛いだろう。
時間的にももう遅い。いつまでもこの部屋にいるわけにもいかない。
今更この部屋を見回せば、使わない物が押し込められているだけのただの倉庫のようだった。
「立てるか?部屋まで送る」
「あ、うん…」
立ち上がって手を差し出せば、名前はおれの手を掴んだ。
だけど立ち上がろうとした瞬間に顔を歪ませて、ふらついた。
すかさず腰を支えれば驚いたような名前と目が合い、すぐに小さく「ありがとう」と呟かれる。
埃っぽかった部屋から出て少し開放感
もうこの時間では廊下で出会う人間もいなかった。
時々名前がふらつくから、腰の手はそのままで
名前が近いことに、自分の心臓がバクバクうるさい。
お互い言葉を発することはなく、足音だけがやけに大きく聞こえた。
名前は何か考えてるみたいな表情だけど、ただ足下を見つめてた。
しばらく進んで一番隊のフロアに着く。だけど、おれは名前の部屋を把握してないから、ただ名前が歩くほうに着いていく。
すると、一つの扉の前で立ち止まった。
「ここか?」
「うん…」
名前が頷いたのを認識して、もう一度扉を見た。
ここが名前の部屋なのか。
これと言って特徴もない
並んでる他の扉とも特に違いもない。
それでもおれはなんとかこの部屋を頭に入れようとひたすら道順を思い返した。
名前がこちらを向いて、腰から手が離れる。
空いた手が空気に晒されて、突然熱を失った気がした。
そう思ったのも束の間、名前が何か言いたそうなのが分かって、一瞬焦ったような気分になる。
きっと、もう関係を終わりにしたいだとか、おれはもう必要ないとか。
ここでうまくやってる名前から言われる言葉は予想がついた。
言われた時の自分の感情すらも。
「…じゃあな」
自分でもわかってたことを名前から言われるのは余計にくる。
だから、名前を見ないようにして踵を返した。
のに…
くいっと引っ張られる感覚に思わず立ち止まる。
振り返れば、名前がシャツの裾を小さく指で摘んでるのが見えて、思わず顔がひきつる。
名前自身は顔を俯けてて表情が読めない。
「あー…。どうした?」
行き場の分からなくなった手が自分の後頭部を抑えた。
すると、名前がゆっくり手を離して顔を上げ、また視線がかちあった。
僅かに潤んだ瞳が揺れている。
「さっき……、何か言おうとしてなかった…?」
うろ覚えなんだけど…。何度か呼ばれてた気がして…。
名前の言葉に目を見開く、おれがあの時自分の気持ちを言おうとしてた時のことだろうとわかって、聞こえてたのかよ。とか、今なら聞いてくれるってことか。とか頭にはいろんなことが流れるように浮かんできて。なのに、結局は。
「なんでもねぇよ」
あの時は伝えようって決めて言ったはずなのに。また決心が揺らいだ。
きっと、伝えたところで、今の名前の気持ちはおれに向いてないって思うからだ。
少し前ならまだ違ったかもしれないけど…。
そもそもおれたちは船長と航海士ってだけ。
そう言っておけば無条件で傍にいられただけで、おれ自身が名前に近かったわけじゃない。
おれたちを繋いでた関係すら無くなって、今までよりずっと広い世界を知った名前の気持ちが変わっててもおかしくない。
それに、気持ちを伝えて、拒否されるのが何より怖い。
グッと拳を握りしめる。
「そ…っか…」
名前は少し残念そうに目を伏せた。
なんで、また、そんなカオすんだよ…。
まるで、おれと別れるのが寂しい。みたいな…。
自分勝手なそんな思い込みに心の中で苦笑する。
手が伸びて名前の頬に触れる。
それに反応した名前が顔を上げて、不思議そうな瞳がおれを捉えてわずかに揺れた。
おれが真剣に見つめれば名前もそうしてくれる。
気持ちを伝えるのは怖いくせに、名前を見ると止められなくて。
ゆっくり顔を近づければ名前は動きを止めて目を閉じた。
なんでそんな簡単に受け入れるんだよ…。
頭の中でそんなことが浮かんでも、体は導かれるように近づいて軽く唇が触れ合う。
「ん…」
軽く触れ合って、名前が息継ぎの時口が開いたのを見計らって舌を滑らせる。
「んん……んぁっ…」
こんなだからダメだって頭で理解してるのに、
結局おれは…、何も伝えなくてもおれを受け入れてくれる名前に安心してるんだ…。
「また来る」
しばらくして唇が離れてぼーっとおれを見る名前の頭に手を乗せてから、踵を返した。
さっきみたいに引き止められることはなかったけど、やっぱりおれは名前と離れるなんてできないんだと再認識した。
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