「おいエース!火!貸してくれ!」
「はぁ?やだよ、おれはもう雑用じゃねぇぞ」
「お前の絶妙な火加減が必要なんだよ!うまいもん食いたいだろ?」
「……」



そう言われれば渋々といった風にこちらへ来る。エースが想像通りの素直なやつで頬が緩んだ。
棚から鍋を取り出し、エースが火を焼べる。



「よっし!これからやるのは飯じゃねぇ、繊細なお菓子作りだ。おれの言う通りに火を操れよ」
「おぉ…」



おれに言われるまま、少し難しい顔をして火加減を調整をする。
いつもの料理のような豪快さはないが、鍋から甘い匂いが広がってきて、エースの腹が鳴いた。
ほんと、正直な腹だな。



「はは、できたら分けてやるから待ってろよ」
「……。これ何作ってんだ?」
「ん?カスタードクリームだよ。シュークリームに入れる用」
「へぇー…」



エースが興味深そうに鍋を覗く。
鍋の中は黄色いクリームがとろとろしてて、ミルクをちょっとずつ足して、混ぜていく。
その様子にエースはごくりと唾を飲み込んだのがわかった。



「名前は甘いもの好きだろ?持ってってやろうと思ってな」
「……。」



一瞬でエースの顔が固まる。
鍋の中を見つめながら、何か別のことを考えているようだった。
それを横目におれは気づかないふりをして手を動かした。

へぇ…。やっぱり、名前の名前出すと、様子がおかしいよなぁ。

幼馴染だというエースと名前。
そもそもスペード海賊団の始まりはこの二人の船出だったそうだ。
なのに、この船にきてからの二人を見ている限り、話しているところどころか、関わりすら見えない。それに、名前を出した途端にこの反応だ。



「……あいつ味覚音痴だけどな」
「まじ!まぁ、そういうとこも可愛いんだけどなぁ」



エースから初めて聞く名前の情報に少し驚くが、当のエースは鍋を見つめたままだからおれの反応には気づいてないようだ。
鍋を見つめてるっつっても難しいカオをして、考え込んでるみたいだけど。



「他に名前の好きなものとか知らねえの?」
「……知らねぇ」
「ふーん…」



この反応。教える気がないのか、本当に知らないのか。
幼馴染だったら知らないことの方が少なそうなのに。

なんとなくエースから視線を外して食堂の方へ視線を動かせば、ちょうど話の渦中にあった人物が見えて思わず「名前だ」と声が出た。

その瞬間エースの頭がガッと上がってその方向を見た。
あまりのスピードに若干引きつつ、おれもまた視線を戻した。

名前はナース達にもらった綺麗な服に身を包んで、なにやら本を数冊抱えている。
海賊船の一員だとは到底思えない女性らしさ
入り口付近にいた船員に声をかけられたのだろう、それに笑顔で応対していた。
周囲にいた船員達も次々と名前に声をかけている。あいつらも名前に覚えてもらおうと必死だな。

今のところ名前と関わりがあるのって、おれやマルコ、それと一番隊の航海士連中か。
さすがにこの大人数を一度に覚えられるはずもなく、毎日声をかけられる中、顔と名前を一致させようと名前も頑張っているのだとマルコが言ってた。


ほんと、真面目でいい子だ。


また、エースへと視線を移せば、名前のいる方向を見つめたまま、なんとも言えない表情を浮かべていた。悔しそうな、それでいて諦めも混じっている。



「そういやさ、名前やっと部屋もらったらしいぜ。今までマルコの部屋使ってたから」
「は…?」



これを言ったらどういう反応するのか。なんとなく気になった。それだけ。
エースはやっとおれを見て、何言ってんだコイツみたいな顔をする。

目と口が開いてポカンとしている。が、


ゴゥッ!!


「おい!!火強くなってんぞ!」
「あ、あぁ悪ィ…!」



さっきまでの繊細な火加減を操っていたとは思えないほど、轟々と火が鍋を包み込んだ。
カスタードクリームが突然熱され少々焦げ臭い匂いが鼻に届く。
それはエースにとっても想定外だったもののようで慌てて抑えていたが、おれの口はニヒルに歪む。

…へぇー。なるほど。ふぅん。


こいつはおもしろいことを知れた。

なにか複雑な事情がありそうだとは思っていたが、やっぱり、エースの名前への気持ちはそういうことのようだ。

エースの性格上、なんでもかんでも突っ走ってくって感じだし、欲しいもんはなんでも手に入れそうなのに。
今まで一緒にいたってのに、今更距離を取ってるなんてよ。

世話焼きのおれとしては非常に感心度の高い案件だが、どうにも謎が多すぎる。


エースはわずかに視線をやって名前を気にしながら火を調整してる。



「…名前がマルコの部屋にいたってのはどういうことだよ」



やっぱ気になるんじゃねぇか。



「さぁな、自分で聞いてこいよ」
「っ…!」


おれならあっさり答えるとでも思っていたんだろうか、少し驚いたようにこちらを見てきた。

エースの反応におれの顔はますます緩む。
素直じゃねぇやつ。

名前は、声を掛けられたやつらに丁寧に返しているのか、入り口付近で立ち止まったまま。
そこへマルコが登場し、奴らの会話を上手く終わらせたようだ。そのまま二人が食堂の中を進む。

二人で話しながら、時々名前が笑っていて、随分慣れたなと思った。
マルコの前では自然と笑顔を見せることが多くなった気がする。

あの遠慮してよそよそしかった名前が…。いい変化だな。

ナース達にいろいろしてもらってから特に、いろんなやつが名前の話をしてるのを聞く。
操舵室の連中なんかは名前と接する機会も多いだろうが、他の連中はなかなかチャンスがなくて、さっきみたいに、一人でいる時を狙って話しかけてる。

名前はあいつらの下心なんて気づいてないだろうから、今みたいにマルコが助けてやってるのをよく見かけるし、名前にとってもマルコは特別なんだろうな…。

っと。

隣を見ればエースのやつがあの二人を見て悔しそうに顔を歪めてた。
今回は火力は抑えられてるみてぇだが、感情がもろに顔に出てる。


若いな。はは、おっさんは羨ましい。
今までずっと近くにいて、これまでチャンスはいくらでもあったろうに。
あんな可愛い子、すぐ他のやつに取られちまうぞ。



「よし、エース、もういいぞ」



エースに火を止めさせると、鍋の中の黄色いクリームを掬いあげてみせる。黄色いクリームが甘い香りを放ってとろりと垂れた。
若干焦げたけど、まぁ許容範囲だろう。



「もういいのか」
「おう、あとはシュークリームに入れて、冷やしてやるだけだ。ま、完成したら食わせてやるから楽しみにしてろ」
「ふーん…」



エースは興味深そうにクリームを見つめてたけど、自分がお役御免だとわかると厨房から去っていった。決して名前達のところへは行かずにそのまま食堂を去っていく。

と、そこへマルコが覗きに来た。



「もう飯はねぇのかい」
「お前らいつも昼飯遅いんだよ、とってあるけどさ」
「ありがとうよい」



いつものことながら分けて取っておいた二人分の飯を出してやる。
マルコはそれを受け取りながら「エースがいたのか」と聞く。



「そ。名前のこと気になるくせに話もせず行っちまったよ」
「そうか。そりゃ、名前の方もだけどな」



そう言われて名前を見れば、食堂から去るエースの背中を見つめていた。

おーおー、二人とも、拗らせてるのな。

上手くいかねぇもんだな。

マルコと顔を合わせて肩を竦めた。

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