「エースくん...」
デュースさんがゆっくり振り返ったその背後に扉にもたれかかるエースくんがいた。
あの日からエースくんと話すことをしていなかった。
あの時、エースくんは仲間を守るための決断をしていた。
結局、間違ってたのはわたしだった。
デュースさんはあぁ言ってくれたけど、わたしは一度でも仲間を危険に晒そうとしてしまった。
それが引っかかって、なんとなく話すことを避けてしまっていた。
エースくんからも話してくることはなかったし、こんなわたしとはもう話したくないのかもしれない。
今だって、何かに怒ってる。
「何って、何も?なぁ?」
「え、は、はい」
デュースさんの言葉にわたしも慌ててうなずいて同意を示す。
「とりあえず手退かせよ」
「あっ」
エースくんの低い声にデュースさんは慌ててわたしの頭から手を離した。
彼が怒っているのはやっぱり、デュースさんとわたしが、こう、親しくしている時だ。
エースくんはこちらを鋭い視線で捉えたまま。
わたしは目を伏せて、小さく息を吐いた。
デュースさんは両手をひらひらさせて、無罪を主張しているようだった。
「さっきスカルが探してたぞ」
「そ、そうか、じゃあおれは行くとするかな」
部屋を出る前、ちらとデュースさんがこちらを見る。
心配してくれていることがわかって、笑って頷いた。
バタン。と扉が閉まるとともにエースくんと二人だけの空間になる。
デュースさんとの小さなやりとりもきっとエースくんは気づいていたんだろう。
ゆっくりと足音を鳴らしながらエースくんが近づいて来る。
目の前に立たれ、わたしはエースくんを見上げた。
そっと頬に触れられて、親指で目元を摩られる。
「泣いたのか」
わたしの頬を見つめるエースくんはなんだか辛そうに見えた。
不思議に思いながらも「うん」と小さく呟く。
「なんで...」
「え?」
眉を寄せて、息を吸ったエースくんは変わらずわたしを見つめる。
「お前が弱ってるとき、なんでいつもあいつが傍にいるんだよ...」
エースくんの言っている意味がすぐに理解できなくて何も返せない。
だって...、それだと...、え...?
わたしに怒ってるんじゃないの...?
エースくんの言葉はまるで、これまでのわたしが思い違いをしている。と揶揄しているように聞こえた。
エースくんが大事にしている人、サボくんやルフィ、それにデュースさん、その人達とわたしが仲良くなろうとしたり、親密になろうとするのがエースくんにとっては嫌なんだと思ってた。
わたしがエースくんの人間関係を侵すのはだめなんだと。
だけど...。
そうじゃなかった?
あの嫌悪はわたしに向けられたものじゃなかったの...?
そんなの......
確信は持てなくて頭の中が混乱する。
「なぁ」
呼ばれて目を合わされる。目には自分の意思に反して涙が溜まってきた。
「いつも、お前が困っていることに気づくのはおれじゃなくてデュースだ」
こんなに弱々しいエースくんは初めて見る。
いつも自信に溢れて、エースくんの周りにはいつも人が集まって、わたしなんかじゃ近づけない、そんな人なのに。
わたしのためにこんな表情をしてくれてるの...?
わたしが何も言わず見つめているとエースくんはゆっくり身体を近づけてきた。
もたれかかるように頭をわたしの肩に乗せる。
頬にあった手はわたしを包むように抱きしめられていた。
「名前は、お前はいつもおれを助けてくれてんのに...。おれはお前を傷つけてばっかだ」
抱きしめる力が強まる。背中に回った手がギュッと肩のあたりを掴んだ。
初めて聞くエースくんの本心
...ずっと、そんな風に思ってくれたんだ。
わたしが勝手に思い込んでいた。
エースくんが欲しいのはわたしの航海術の知識だけで、それ以外のことでエースくんはわたしに対してなんの感情も抱いていないと。
ついに涙が溢れて、ポロポロとエースくんの肩口を濡らす。
自惚れてもいいのかな。
わたしもエースくんの大切な人の一人だって。思っていいのかな。
ゆっくり、エースくんの大きな背中へと手を回す。
わたしたちじゃ体格差がありすぎて、抱きしめ返すなんてことはできなかったけど、ギュッと力を込めた。
「わたしは...」
エースくんに抱きしめられているせいもあって、少し声がくぐもる。
でもきっと、彼にはちゃんと届いてると思う。
「エースくんが、わたしを大切に思ってくれてるだけで、嬉しい」
「そんなん当たり前だろ...」
そう言い返すエースくんに思わず微笑む。
当たり前だと思ってくれてる。
体を起こしたエースくんに、目尻に未だ少し残った涙を拭われた。
そのまま顔が近付いて、ちゅ。と軽く唇が触れる。
優しいキスが何度か降ってきて、薄く目を開けた時に見えたエースくんの表情は
とても甘くて、優しいものだった。
「名前...、お前におれは必要か?」
「もちろんだよ...」
どうしてそんなことを聞くの。
必要に決まっている。エースくんはわたしの船長なんだから。
わたしを航海士にしてくれた。
あの選択肢を出された時点でわたしの答えは決まっているようなもの。
わたしの言葉を聞いたエースくんは優しく微笑むと、キスと同時に舌を絡めてきた。
そのまま座っていた体を抱き上げられて、テーブルに座らされる。
さっきよりもエースくんとの距離が近づいて、キスが、深くなる。
「んふぅっ...ン...はぁっ...」
息をする間もない程にキスが激しくなり、エースくんの手がわたしの肩から腕、腰のあたりを往復する。
そのままゆっくりと後ろに倒されて、エースくんが覆い被さった。
見上げたエースくんはあの日と同じ、だけどなんだか余裕がなさそう。
「っく...名前...」
エースくんの唇が、首から鎖骨へと辿っていく。
片方の手は服の中に侵入して、お腹から胸へと伸び下着の上からやわやわと触れられる。
「ふぅぅ...、んんっ...」
エースくんに触れられるとゾクゾクして、漏れそうになる声を下唇を噛んで抑えた。
エースくんの背に回っていた手に力が入る。
それに気づいたのか片手を取られて指を絡められる。
あまりの心地よさに、思考がふわふわとしている。
このまま身を任せていたい...。
バサバサバサッ......!!
その時、テーブルにのっていた資料や海図が落ちた音がして、一瞬エースくんの動きが止まる。わたしも驚きで目を見開く。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
無残に床に散らばった紙を認識して頭が一気に頭が冷静になる。
ここは操舵室だ。いつ誰が入ってくるかもしれない。
途端に自分はなんてことをしようとしていたんだと気持ちが焦るが、同じように事態を認識したはずのエースくんは続きだというようにまた覆い被さろうとしてきた。
思わず距離を取ろうと手で押し返す。
「ちょっ、と、待ってエースくんっ...!!」
わたしの抵抗が意外だったのか、エースくんは驚いて動きを止めた。
「は?」
「こ、こんなところでなんて...、誰か来たらどうするの...」
少し考える仕草をして、テーブルから体を下される。
「......ここじゃなかったらいいんだよな」
言うやいなや、わたしの体を抱き上げ、部屋の扉へ向かう。
突然のことに手足をばたつかせてみるも、そういう抵抗はエースくんに対しては無に等しい。
「ど、どこ行くのっ」
「場所変える」
服も乱れたままで、誰かに見られないか気が気でないわたしは、エースくんの肩に顔を埋めて誰にも見つからないように祈った。
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