名前の読み通り、あのビブルカードを手放してから海軍が襲ってくることはなくなった。
あれから数日、名前も戻って平穏な航海が続いている。


いや、完全に元通りというわけでもないな。


結局のところ、エースはユマを使って名前に何をしたかったのか。

名前とエースの関係は、エースがユマが自分かを選ばせたことからギクシャクしたまま。


にしても、ユマか自分かを選ばせたところで、手放す気はないくせに。
それに、名前自身もエースから離れるわけがない。

あの二人はおれから見てれば共依存的な関係だ。
エースが名前に執着してるのは前からだが、名前も無意識のうちにエースと一緒にいることで自分の存在価値を見出している。


もしかして、エースはそれを証明したかったのか?

自分がユマとそういう関係になるかもしれないと名前に思わせることで、彼女の反応を見ていた……。


エースはきっとそこまで難しいことは考えてないだろうがな…。

まぁけど、名前に自分の必要性に気付かせようとしたんだろう。あとは、単純に自分を選ばせたかったとか。

あいつの独占欲はあの噛み痕を見りゃすぐにわかる。
あんなにくっきり残った噛み跡、どんだけ強く噛んだんだって話だ。

あの時の噛み痕を思い出して苦笑いが漏れた。


ガチャ…。


操舵室へ入れば、思いつめたような表情の名前が椅子に座っていた。

おれが来たことに気づく様子はない。

名前はまたあれから操舵室でいることが多くなった。
定位置になっているテーブルに本を置いて、視線は上の空といった感じだ。

はぁっ。と小さくため息を吐いたのがわかり「どうした?」と声をかけた。
驚いたようにこちらを見上げ、おれの名前を言う。
やっぱり。おれが来たことには気づいていなかったようだ。



「考えごとか?」
「あ...、はい...」



少し気まずそうに視線をそらされる。
それを不思議に思いつつ、海軍も追ってこなくなって、比較的穏やかな航海ができている。それを口にすれば、名前はさらに表情を曇らせた。




「それは、本当に良かったんですけど...」



何かを言いたそうだが、言いにくい。そんな表情。




「...ユマちゃんにわたし達を裏切らせてしまったんだなぁって思ってしまって...」
「......」



名前の言葉を理解するのに少し時間がかかる。


......そうか、こいつはそんな風に思ってたのか...。


海へビブルカードを捨てたあと、名前は力が抜けたように膝から崩れ落ちてた。
まるで呼吸を止めていたように深く吸って、必死で平静を取り戻そうとしているみたいだった。

名前にとって、すごく勇気のいる決断だったんだろう。


もし、ユマがおれ達を海軍に売っていなくて、何か別の方法で海軍がおれ達を追ってきていたとしたら。ユマがここへ戻ってくるための唯一の方法をなくすことになると。

実際にはビブルガードを捨ててから、あの続いていた海軍の追手がなくなったわけだからよかったんだろうけど。

それでもまた、ユマがおれ達を裏切ったことが証明されたも同じだ。

ユマを見捨てておれ達をを取るか。ユマに裏切られるか。
名前にとってはそんな決断だったんだろう。


正直おれは、名前とユマ、エースの間で何があったのか詳しくは知らない。
ユマが名前とエースの関係に嫉妬でもしたんだろうと考えていた。

きっと、名前はそれに責任を感じて、ユマに自分たちを裏切らせてしまったと思っているんだろう。

だが、おれから言わせてみれば、ユマの乗船の動機は最初からエースだった。
エースがユマを選ぶ気がない時点で、遅かれ早かれ、同じ結果になっていただろうと予測できる。

ま、名前はそうは思っていないんだろうがな。



「名前、あの時お前があれを捨てなかったら、おれ達は全員監獄送りだった」



今の彼女におれの言葉が届くかはわからないが。
少し俯かせる彼女の頭に手を乗せた。



「おれはお前の決断が間違ってたとは思わないよ。ありがとうな」



スッと、微かに鼻を啜る音がした。
俯いたまま、手で涙を拭っている。



「ありがとうございますデュースさん」



顔をあげ、頬と鼻を赤くした名前が微笑む。



「もう、引きずるのやめます」
「お、おう。お前がいつもの調子じゃないと、おれも困る」



頭に乗せていた手で髪をくしゃくしゃにしてやる。
それには少し驚いていたようだったが、それでも笑っていた。

あぶねー。さっきの名前の顔にはすげぇドキッとした。
おれを安心させようとしてくれたんだろうが、一瞬ぎゅっと心臓を掴まれかけた。

こういう時、エースは見る目があるんだと実感させられる。
確かにこんな子、一人にしてりゃすぐ誰かに捕られそうだ。
無理矢理にでも連れてきた意味がわかる。



「何してんだよ」



低い重低音とともに、背筋がキンと冷えた。

あぁ、おれはいつもタイミングが悪い気がする。
しかも、だいたいこういう時後から被害を受けるのは名前の方なのに。


自分の体からギギギッて音が出てるんじゃないかと錯覚するくらいゆっくりと振り返る。


操舵室の扉に持たれかかる、鋭く尖ったナイフのような瞳と目があった。

あ、おれ、殺られる。

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