親父の容態を確認し、少し会話を交わしてから、部屋を出たところでナースの一人に呼び止められた。
「マルコ隊長、少しお話ししておきたいことがあるんですけど」
「なんだよい」
神妙な面持ちで、少しおれに鋭い視線を送っているような気もする。
いつも親父の部屋や医務室で顔を合わせるが、これといって関わりのない奴だったので、話の検討もつかず、首を傾げた。
ここじゃ目立つので。と、人気の少ない場所へ連れて行かれ、一体何の話をされるのだと構える。
周囲に人がいないことを確認した彼女の口から、名前のことなんですが。と切り出され、何かあったのかと眉が寄った。
「名前と隊長がどんな関係であろうと口出しする気はありませんし、マルコ隊長のご趣味も私は気にしません。ですが、もう少しあの子の体のことは考えてあげてください。あの子、痕を隠すために長袖や首が詰まったものばかり着てるんですよ?痕をつけるなとは言いませんが、せめて場所は考えてあげてください。もう夏島が近いっていうのに…」
彼女の口から出る話に検討も付かず、ポカンと口が開く。
痕?趣味?一体なんの話をしてる。
そんなおれに気付かず、ナースは続ける。
「だいたい、行為に及ぶ前に気持ちは確かめてからじゃないと、あの子が隊長を拒否できるわけありませんよね!?「ちょ、ちょっと待て!」
思わず声が出た。
困惑するおれを見て、彼女も驚いたように言葉を止めた。
全く身に覚えのない話に加え、その話が本当だとすると…
「まさか……隊長じゃないんですか?」
おれの反応にナースの方も驚いた様子で口元に手をやってる。
「名前の相手、私てっきりマルコ隊長かと…」
ナースの口から出た言葉に自分の嫌な予想が当たっていたことを確信する。
おれではないのだから、相手は一人しか考えられないが。
ひとまずナースの誤解を解いておかなければと、おれと名前はそんな関係じゃない。
「そう…、なら一体誰が…」
ナースの話をもう一度確認すれば、名前の髪をセットしている時にうなじに歯型の一部が見えたらしい。首まである服を着ていたから全て確認したわけじゃないが、キスマークのようなのも見えていたと。本人は衣替えが追いついていないから冬服を着ているのだと言っていたらしいが。数日経ってもその痕が消えるどころか上書きされているように見えたらしい。
それで、なんの勘違いか、その相手がおれだと思ったらしく、おれに注意しにきたらしい。
とんだ飛び火を喰らったもんだ。
だがまぁ、その話を聞いてまず浮かぶのはエースだ。
だけど不思議なことに、この船に乗ってから名前とエースが会話をするところなんて見たこともない。デュースから聞いた話でもあの二人の関係はつかず離れずで、今はエースの方が罪悪感から避けていると。
…一体いつの間に。
「だけど、名前、好きな人はいないって言ってたのよね…」
細い指を顎に添えて疑問を口にするナースの言葉に引っかかる。
つまり気持ちが通じ合ったってわけじゃねぇのか…?
ならどうしてそんな関係に…。
まさか、エースが無理矢理名前を?
あの二人の関係はデュースから聞いたことくらいしか知らねぇが、名前はエースに逆らえない。
つまり、あの子の気持ちは無視して行為に及んでる…。
信じたくねぇが、今の話を聞くとその可能性がなくはないのか。
怒りのような、呆れのようなどう表現すればいいのか難しい感情が沸いてくる。
大切にしたいくせに、自分の気持ちが暴走しちまってんのか、気持ちを伝えるのは怖いのか。
エースの考えてることはよくわからねぇが。
「あの子が関わる人だとマルコ隊長だと思ったんだけど…」
未だ考えているナースがおれに視線を滑らせる。
そしてぎょっと目を見開いて慌てたように顔の前で手を振った。
「ご、ごめんなさいっ、私の勘違いだったようですね!」
おそらく、おれの眉間に寄った皺を見て、勘違いされておれが怒ったとでも思ったんだろう。
そう言い残すと慌てて去って行った。
「はぁ…」
残されたおれは大きくため息を吐く。
どうしたもんか…。
二人の問題に部外者のおれが首を突っ込むべきじゃない気もするが…。
このまま放っておくことがあの二人のためなのか…。
ナースの言う通り、名前が困ってるのは事実だ。
だがなぁ…。
「お?おいマルコー!」
「どうすりゃいいんだよい…」
「どうした?」
突然近くでした声に顔を上げると少し変なものを見るような顔でサッチが立っていた。
「なんだよい…」
「ナースの子に呼び出されたって聞いてさ、告白でもされた?ん?」
溢れ出る興味を隠そうともせず、近づいてくるサッチから顔を遠ざける。
「もっと面倒なことだよい…」
「え?なになに、気になる!」
こいつに話したらもっと面倒なことになるだろうな。
「はぁ……」
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