ぶわり。風が吹いたみたい。
いや、そんなんじゃない。でも上手く表現できない。それくらいの軽い衝撃。

どうしてここで描いてるの?なんて質問は出てこなかった。ただその動きに心を掴まれてしまった。

まるで彼の動かすペンの音しか聞こえないみたい。

シャッ。シャッ。と速いスピードで引かれているようだけど、その線は完璧なもの。

横に縦に、定規が動きそれについてペンも紙の上を走る。

わたしはそのペンの動き、彼の視線、それらから目を離すことが出来なかった。


ポタリとこめかみから流れた汗が頬を伝い顎先に向かう。そのままでは落ちてしまう。と思ったところで姿勢を上げたマルコの腕によってそれは拭き取られた。

だけど視線はそのまま目の前の大きな紙を捉え続けている。ズレていたらしいメガネを指先で上げ、またさっきと同じように定規を動かした。


かっこいいな…。


最近は夏島の気候に入ったばかりで、船のあちこちから暑い暑いとうめき声が聞こえるほど。

そんな気候に外れず食堂にも暑さはやって来ていたし、今は外で戦闘訓練をしているからか食堂には誰もいないだろうと思っていた。

また訓練が終われば飲み物を求める人たちが押し寄せていつもの賑やかな空間に戻るんだろうことは予想ができるけど。

だけど今の時間はマルコによって生みだされる不思議な空間のように思えた。


普段はかけていないけれど、海図を描くときや何かに集中したいときにかけるといっていた眼鏡もなかなか見られない姿だ。


「かっこいい……」
「ん?」
「あ…」


思わず声に出てしまっていた。
さっきまで海図に向き合っていたはずの瞳がこちらを向く。邪魔しないように静かに見ていたのに、眼鏡姿のマルコを見てつい口から出てしまった。
申し訳なさを感じ、静かに微笑む。


「ごめん、邪魔するつもりなかったんだけど」
「いや、おれがここ使わせてもらってんだ。邪魔なら出てくよい」
「そんな、わたしは見てただけだから」
「そうかい」


見つかってしまったのだから、もう気配を消して見る必要もないかとマルコの近くに行った。


「どの島付近なの?」
「前に行ったガイント島覚えてるか?そこのだよい」


確か、そこはお花がたくさんあった島だった。
そう言えばあの島でマルコが海図用にと紙やペンを買っていたな。


「名前」
「ん?」


とっても綺麗。海図を見て呟くとマルコがこっちを見て名前を呼んだのがわかった。海図を見たまま応えると、マルコはクスリと笑った。


「描いてみるか?」
「え?」


横にいたマルコを見ると同時に変な声も出てしまった。きっと顔も間抜けなことだろう。

そんなわたしにマルコは優しく微笑む。


「練習してたんだろい?見せろよい」


命令口調だけど表情はとても柔らかい。
だけど、わたしはすぐには頷けなかった。
練習してたって言ったってこの紙の何分の一の大きさで自分で本を見ながら描いてみていただけだ。とてもじゃないけどマルコのようには出来ない。


「おれが見てやるなんてなかなかねぇぞ?」


からかうように笑って言うマルコにわたしは少し考えてから頷いた。


「そんなに…上手くないと思う」
「だから練習するんだろい」
「そ…だね」


ほら。とマルコからペンを渡される。
マルコが位置をずれてわたしがそこに立つ。
目の前にある大きな紙に少し緊張する。マルコは練習だと言うけれどこれはれっきとした海図。ここまで完璧にマルコが描いたものを失敗は出来ない。


「緊張しなくていいよい」
「う、うん…」
「緯線と経線は描いてあるから、さきに航路描いてくか」
「これ?」
「あぁ」


マルコがさした航路の記録を地図上に描き加えていく。
次はそれらを繋いでいく作業で、今度は自分がペンを動かすたびにシャッ。シャッ。とこ気味いい音が鳴った。
なんだか不思議な感覚だ。でもすごく楽しくて夢中になってしまう。さっきのマルコの気持ちがわかる気がした。


「ひゃっ」


突然首元を指でなぞられて変な声が出た。驚いて後ろ振り返れば、マルコも少し驚いたようですぐに申し訳なさそうに眉を下げて笑った。


「汗が落ちそうでよい」


そう言うマルコはとてもやさしく柔らかく微笑んだ。


「あ…、ありがとう…」


振り返りジッとマルコを見つめる。


わたしを助けてくれた恩人で、育ててくれた父親で、航海術の先生で…。


「ん?」


なんでもそつなくこなして、眼鏡だって似合っちゃう。

あぁ。この人は本当に…


「カッコいい…」
「…ッ?」


不思議にわたしを見ていたマルコの顔が瞬間に赤くなった。
それでわたしも我に返る。

なんてことを口走ったの!?
きっとこれは暑さのせいだ。頭がぼーっとしてしまっていたからだ。
慌てて訂正しようと口を抑えれば目の前のマルコは指先で頬を掻いた。


「そんな直球に言われると照れるねい」


ポンポンと軽く頭に乗せられた手が彼の照れ隠しだってことはすぐにわかった。
いつも余裕があるマルコが照れているそう思うと小さないたずら心が顔を出してきた。


「眼鏡もすごく似合ってる。カッコいいよ」
「名前、からかうなよい」
「うふふっ」


照れてる。あのマルコが。
珍しくて見つめていればマルコの手によって顔をテーブル側へ向けられた。
それによりまた目の前に綺麗な描きかけの海図が現れる。


「わたしの自慢のおとーさんだよーい」
「わかったからよい」


こんなやり取りをしている時どこかでガタンと音が鳴った気がした。









「なぁ、エースって目悪かったっけ?」
「さぁ?」
「なんであいつ眼鏡かけてんの?」
「あぁ、あれね、こないだ名前がマルコに眼鏡カッコいいって言ってるの聞いちゃったかららしいよ、だから」
「なるほどななんとなくわかったぜ」
「エースも単純だよね」
「そう言ってやるな素直なやつなんだよ」


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