小説 | ナノ


  かごのとり2


 もう一度、もう一度と、願いを込めてしっかりとあいつの目を見た。何か熱に浮かされているだけだろう? 一瞬の気の迷いだろう? って。

「嘘、だよな? 白龍? 違うよな? 違うって、違うって言ってくれよ!」

 声は震えていたんだと思う。まるで悲鳴だった。
 ちらりと、白龍の瞳に傷ついた色が見えた気がして、息を呑んだ。熱が冷めたような冷静な目――、その目はよく見たことがある気がして、こんなことをしているのが白龍なのだと嫌でも実感させられた。

「ここまでしたのに、俺が冗談でやったと思うんですか」

 反論しようと口を開いた瞬間、またさっきと同じように口を塞がれた。今度は口の中に入ってきたぬるりとした熱いものに口殻をなぞられる。それが嫌で逃れようとしても、顎を固定されて逃れられない。呼吸が途中から続かなくなって、頭の真がぼうっと熱くなっていったころ、ようやく解放された。
 体から抵抗する力が抜けていたんだろう。拘束されていた手がいつの間にか自由になっているのにも気づかず、俺は白龍を見上げていた。息が上がっているのは白龍も同じで、頬を上気させている。多分、似たような顔を俺もしているんだろう。思考がにぶり始めていたが、少しでも拒絶を伝えようと首を力なく俺は横に振った。

「っはぁ……は……んんっ!」

 降ってきたのはさっきよりも深い口づけだった。息も整わないまま口を塞がれて、今度こそ息が続かなくて、視界が滲んでくる。舌まで絡めとられて唾液も飲み干せず口の端からこぼれていく。帯は解かれ、下肢の衣服はずりおろされた。肌をさらされた寒気に身を縮みこむ。

――嘘、だよ、な……。

 信じたくないのに脳裏に浮かぶのは、今までのジュダルの行為だった。痛みと、快楽と、耳を塞ぎたくなるような自分の嬌声。それが今度は白龍によって行われるのだと思うと、どうしようもなく恐ろしかった。
 今ならまだ戻れるのに――下肢をまさぐる手に抵抗しようも、息苦しさに視界が白く染まっていって、体を動かして拒むどころか力が抜けていく。
 下肢の奥に指がねじ込まれる痛みと同時に解放された。

「っぃ、あ……」

 息をすうだけでも精一杯なのに、下肢の奥へと差し込まれうごめく指にその息を翻弄される。肉体的な痛みとは別に、体は指の動きに快楽を拾い始めている。それが、どうしようもなく嫌で、それが、白龍によって行われているというのが信じたくなくて、体の感覚とは別の所で心が音を立てて壊れていっているような錯覚を感じていた。

「……どれだけされたんですか、神官殿」

 ぽつりと、白龍から聞こえてきた言葉は、俺に向けられたものじゃなかった。

「んー。ここんところずっとかな」
「そう、ですか」

 白龍が何を確認したのかはよくわからない。そうして話をしている間も指は奥へと進むようにうごめいている。増やされた二本目も抵抗もなくすんなりと中に入ってくる。内部でバラバラに動くそれがある一点をかすめ、走った刺激に体がはねた。それに気づいたのか、白龍は手の動きを何故かゆるやかにした。
 ようやく息が整い始めて、少しだけ意識がクリアになった。クリアになると同時に、今の自分がどうしようもなく白龍に乱されているのだと、自覚してしまう。

「……あと、そろそろここから出ていってもらいたいのですが」
「えー。俺はアリババ君が乱れる様をもう少し見ていてえんだけど」
「……神官殿」
「……ちっ。わかったつーの。その代わり……、忘れんなよ?」
「わかっています」

――なんの、ことを?

 ジュダルが何かを言って、それを白龍が頷く。何か取引でもあるのかと思うとますます悲しくなった。
 しばらくして部屋の片隅で扉が閉じる音が聞こえた。そこから足音が遠ざかるのを聞きとどけるまで、白龍は動かなかった。

「はく、りゅ、う……?」

 どうして止まっているのか。もしかして、止める気になったのか。正確には俺はここまで来ても止めたかったんだと思う。
 けれども、それは足音が全く聞こえなくなった時、あまりにも僅か過ぎる期待だったと思い知った。再び俺に視線を戻した白龍が、とても嬉しそうに笑うのを見て。

「やっと、二人きりになれた」
「っあ! ……い、いぁああっ!」

 ジュダルの気配が無くなるのを見計らって、白龍は止めていた手を動かし始めた。さっきより性急にずっと激しく、快楽を俺に与え続けるように。
 わかっていたんだ。あそこがイイ所だって。
 刺激が強かった場所を責められるように、何度も何度も擦ったり爪でひっかいているのがわかった。その度に脳まで白むような快感が走って、口からはみっともない嬌声が漏れていく。

 快楽に思考がまとまらなくなっていって、足元が消えていくような恐怖を俺は感じていた。自分が今どんな声を上げているのかもわからないし、快楽に蝕まれていく身体を御することはとうにできていない。
 ジュダルの時はまだ苦しくて辛い部分があったからなんとか耐えられた。抵抗も、わずかだったかもしれないけど最後までやれていた。
 でも、今の状況はダメだ。白龍に抱かれている現状を俺自身が認めたくないのもあるけど、快楽のみに溺れそうな痛みの少ない責め苦が苦しかった。

 いつの間にか三本に増えていた指が抜かれて、猛る熱が下肢の奥に当てられる。

「     」

 何を言ったのかは聞こえなかった。もしかしたら、何も言ってないのかもしれない。ぼんやりと、すっかり涙で滲んだ世界で白龍を見上げていた。終わるのだと、何かが決定的に終わってしまうのだと、俺は感じていた。その終わりから逃れる術はもう残されていなかった。

「ぃっ! や、あ、ああああああああっ!」

 貫かれる熱と、痛みを超える快楽に、耳をふさぎたくなる悲鳴のような矯声を俺はあげていた。





 目が覚めて、木目調の天井をぼんやりと見上げていた。
 まだ頭は混乱したままだった。
 最近は同じように目覚めている。気を失うまで酷使されて、起きれば清められた状態でベッドの上で目覚める。その度に自分の醜態と変えられない現状を歯がゆく思っていたはずだった。それなのに――。

「う……あ……」

 それなのに、今は体に力が入らない。入れることができない。体を起こして周りを見回して――漏れてきたのは嗚咽だった。今まで目が覚めた後、ジュダルにどんな目に遭わされてもこんな風に泣いたことはなかったのに、悲しいのか悔しいのかもわからず、どうしようもなく涙が溢れてきた。

――ダメだ! 泣くな、泣くな、泣くな!!

 泣いても余計に惨めになるだけだ。だから、止めようと思うのに拭っても拭っても涙は溢れてくる。まるでここに連れてこられてからの不条理に耐えていた心が、音を立てて折れてしまったように。

「どう、してだよ、白龍……。どうして……なん、でだよ……」

 視界はいつになく滲んでいる。聞くものは誰もいないのに堪えきれず俺は呟いていた。言葉にしてみればはっきりした。自身を抱きしめるように腕を強く握れば、体にまだ残っている感覚が混乱に拍車をかけている。

 わずかな、希望だった。
 ここから出れるとすれば、誰かに協力を仰がなければならないことはわかっていた。当然機会はそうそう巡ってこないものだと思っていた。
 でももし――、もし、機会が巡ってきたなら、助けを請うなら白龍に頼もうと思っていた。
 一緒に迷宮を攻略して苦楽を共にした白龍なら助けてくれると、無条件に俺は信じていたんだ。

――希望、だったんだ。



 どうしてか白龍がここを訪れて、俺は嬉しかった。
 単純に機会が巡ってきたからとか、そうゆうことじゃない。白龍の姿を見て、張りつめていた糸が緩んだように心から安心しきっていたんだ。
 別れる前とあまり変わらない様子の白龍に喜びながらも、俺の状況を説明するのもそこそこに、俺は本題を切り出して頼み込んだ。確かにその時、俺はあいつから聞いたんだ。俺の望みはわかったって。その瞬間――。

――ここから出られるって思ったんだ。

 だから――、だから、謝りの言葉とともに口づけをされた時、本当に何がなんだかわからなくなった。何かを白龍が言っていた気もする。でも、理解できなくてよく聞こえなくて、気づけばジュダルがいて――。それ以上はあまり思い出したくなかった。
  いっそのこと白龍に魔法で化けた別の人間だったらまだ良かったのに――。記憶の中だとどう見てもそこにいたのは、白龍だ。苦しそうな顔も、泣きだしそうな顔も、嬉しそうな顔も――どこか見たことのある顔で、やっぱりそこにいたのは、白龍、だったんだ。



 そうして、しばらく俺は泣いていた。





「ひっでぇ顔だな」

 言われなくてもわかっている。ずっと泣いていたせいで目元は痛いし、鼻だってヒリヒリしている。鏡がないからわからないけれど、たぶん目は真っ赤なんだろう。
 見られたくない顔だったから扉に入ってきたジュダルから顔を背けた。

「白龍はいねーぜ」

 『白龍』。その言葉に体がビクリと震えた。

「……今日は、お前かよ」
「今日は。って、ひでー言い方だな、おい」
「……どっちが酷いんだか」

――いつまでこんなことが続くんだ?

 当たり前のように俺が座っているベッドまで足を運び、悠々とその正面に置かれているイスにジュダルは座った。手を伸ばして、頬とぷにぷにと触ってくるが払いのける気力もないせいで俺は好きにさせていた。
 そんな俺の様子にどうにも気に食わなさそうにジュダルが呟く。

「そうゆうアリババクンもいつになく従順じゃねぇ? いつもみたいに言わねえの? ここから出せとか、鎖を外せとか。減らず口やら負け惜しみとかでいっつもうるさいのになぁ」

 前のめりになってジュダルが耳元に口を寄せた。 

「そんなに泣くほど白龍のが良かったのかよ」

 ぽつりとジュダルが落とした言葉。その言葉にカッと血が上って、気づけば俺はジュダルの胸ぐらを掴みあげて立ち上がっていた。動いた弾みで足の鎖がじゃらりと音を立てた。

「んなわけあるかっ! ばっかじゃねえのっ!」

 どこにこんな力があったんだと、自分でも後から思った。それでも、一度言い出した以上止まらなかった。

「な、んでだよ! なんで白龍なんだよ! どうしてあいつを連れてきたんだよ! 訳がわかんねぇよ!!」

 自分でも何を言っているのかわからなかった。苛立ちとか怒りとか悲しみとかむなしさとか、とにかく頭の中がごちゃごちゃしていて、自分でも何を言っているのか、何を言いたいのか、全く訳がわからなかった。

「あ……」

 ぽつりと、涙が手に落ちてきた。

――やっと、止まったのに。

 ぽたりぽたりと、涙がジュダルの上にも落ちていった。考えないようにしていた。昨日あったことも白龍のことも、泣き尽くした後ずっと考えないようにしていた。怒りのままにジュダルの胸ぐらを掴んだのに、感情的になったせいで涙がまたこぼれてきた。
 呆気にとられて俺を見ているジュダルが滲んだ視界の先にいる。俺は、力なく胸ぐらからゆっくり手を離した。離れようと、後ろに下がろうとしたら、思いがけなくジュダルが手を伸ばしてきた。
 優しく抱きしめられて、どうすればいいのかわからなくなった。でも、その暖かさに安堵している俺がいた。

「安心しろよ。今日は抱かねーよ」

 抱きしめられてあやすように背中を叩かれて、今度呆気にとられたのは俺の方だった。今流れている涙とは、別の涙が溢れそうになって、下唇をかんだ。

――なんで、こんな時だけ。

 いつもは俺の言うこととか無視して無理矢理抱くくせに、今日ばかりなんだって優しくするんだよ。調子が違うのはお前の方だろ。
 言い返したくても、俺は嗚咽を止められず何も言えなかった。

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