かごのとり1
どうやってここから出るか。逃げ出すか。
幾度目かもわからない思考を、足をからめとっている鎖に邪魔をされる。ここに来たのも何日前だったのか忘れかけている。
レームでの修行中、夜の街頭を歩いていてそこにいるはずのないジュダルに出会ったのが始まりだ。全身魔装もまだ扱えない俺は、圧倒的な力量差になすすべもなく気を失わされた。目が覚めたら、天蓋付きのベッドの上だった。窓に格子のある客室とおぼしき部屋で俺は横たわっていた。部屋は見たことのない様式で、部屋の飾りがどこか白龍をはじめとする煌帝国の友人達を思い出させた。
両足には奴隷を彷彿とさせる鉄の輪がはめられていた。輪の鎖は部屋の隅に繋がっている。
――わけがわからねぇ。なんだってこんなことになってんだ?
捕まって軟禁といったところだろうが、それにしては当てられた部屋が良すぎな感じがする。自分が転がされるとしたら牢屋とかが妥当な気がしていた。
――つか、ここはどこだよ。
外に出ようにも鎖の長さからするとこの部屋からも出られない。ダメもとで鎖が外れないか引っ張ってみるが、鋼鉄製の鎖はビクともしない。
――剣も奪われているみたいだし――。
武器になりそうなものはなにもない。この部屋にはベッドの他には簡単な机くらいしかなかった。
木製の机を壊しても大した武器にもならないだろう。
不意に響いてきた足音に振り返れば、部屋の扉が開けられた。入ってきた黒い人影に、緊張が走って得物がないのもわかっていつつ俺は身構えた。
「ジュダル」
「目が覚めた? 起きるのおっせーよ、アリババクン」
「お前か、俺をここに連れてきたのは」
「他に誰がいるっつーの」
言葉を交わすのもそこそこに、それは噛みつく様なキスから始まった。
始まったのは、地獄のような凌辱だった。ジュダルが何をしようとしているのかに気付いた時には何もかもが手遅れだった。
「っ! かはっ……、や、めろっ!」
引き裂かれそうな痛みに体中が強ばり、息ができない。途切れ途切れに抗議をすれば、背後からは楽しそうな声が漏れてくる。
「んなこと言われると逆に興奮するっていうか。やっべ楽しめそう」
「っあああああ!」
ふざけるなと返したかったが、本格的に動き始めたジュダルに声は意味のない悲鳴しかかえせなかった。殴りつけたくても片腕をひねられてベッドに押しつけられている状態では体をひねることもできない。逃れたくても痛みにすくんだ体は言うことをきかない。
揺さぶられなすがままになっていた。手が拘束から逃れていても、できることといったらベッドのシーツを力なく掴むことくらいだった。
「逃げようとしたって無駄だぜ。ここはもう煌帝国なんだからな」
結局、俺がなにを言おうが、懇願しようが、俺が気を失うまでジュダルは好き勝手に俺を犯し続けた。
酷い夜を過ごしたのは最初の日だけじゃなかった。
昼夜問わずジュダルは部屋を訪れては俺を抱いた。決まって俺が意識を失うまで酷使して、その後俺は綺麗に体を洗われた状態でシーツの代えられたベッドの上で目を覚ます。おかげで日付の感覚はまったく狂ってしまった。今が何度目の晩なのかもわからない。
食事は用意されているが、食事を運んでくる人間に会ったことはない。目が覚めたら、いつも机の上に用意されている。最初は食べる気もなかったが、飢えには耐えられなかった。
行為の後の、湯浴みの時は足かせも外されているようだったから、自力で逃げ出せるとすればその時くらいしかないのだろう。もっとも、それまで意識が保つことができればの話だが。
――もしくは。
脳裏に浮かんだ案に俺は首を振った。いくらなんでもジュダルがそこまで甘いはずがないだろうと。
浮かんだ案は助けを求めることだった。
こんな姿を見られるのはみっともなくて嫌だが、ここが煌帝国というなら助けを求められるのは友人の紅玉か白龍しかいない。かといって、交流があったことはジュダルも知っているはずだ。そんなジュダルが二人とアリババを接触させるとは思えなかった。
白龍がこの部屋を訪れた時、違和感はあったが俺は希望を見つけだして喜んだ。
白龍に頼めば、ここから出してもらえる。逃げ出させてくれる。と。
どうしてこんな所に? と尋ねられれば、ジュダルに連れてこられたとしか言えなかった。何をされたかは言わなかったが、白龍の眼は俺の首筋につけられた赤い痕を見つけていたと思う。それが情けなく悔しかったが、恥も外聞もかなぐり捨てて俺は白龍に頼んだ。
ここから出してくれ――と。
「はく、りゅ、う……?」
唐突に降ってきた口づけの意味がわからず、俺はただ信じられなかった。
なんで白龍が俺にキスを?
なんでジュダルが今までやっていたように、俺をベッドに押し倒しているんだ?
背筋を走る嫌な予感に慌てて白龍の胸を押したが、監禁で弱っていた俺の手は白龍を押し退けるには至らなかった。ひとまとめにされて、頭上に押さえつけられる。
体が恐怖にふるえるのを止められなかった。
「冗談……だよな、白龍」
たちの悪い冗談だ。ただ悪ふざけをしているだけなんだ。そう思いたかった。白龍の行為のその先を、想像したくなかった。
わずかな希望も続けられた言葉に打ち砕かれた。
「ずっと、あなたが欲しいと思っていました」
「おまえ、何言って……」
目の前の白龍は口に弧を描いていた。服に手をかける白龍は、シンドリアで一緒に苦楽を共にした友人と同じとは思えなかった。熱っぽい視線が俺に向けられている。こんな表情は知らない。
「本当に俺がもらって良いんですね。神官殿」
「お前にやるつもりはねえけど――、こうした方が楽しめそうだからな。こいつ、良い表情しているぜ」
指摘されるまでもなく血の気が引くのを感じていた。ジュダルがいつの間にかこの部屋いることも、今は気にならなかった。それよりも二人の会話の内容が、とてつもなく絶望的だった。
白龍がジュダルと――アルサーメンと手を組んだのか? どうして?
「おまえ……アルサーメンと手を組んだのか……?」
「いいえ。ですが、この件に関しては俺はアリババ殿の意に沿うことはできません。すみません、ここから逃がしてあげれなくて。俺は、あなたが欲しくて仕方がなかった。たとえ間違っていたとしても――俺は」
「嫌だっ! やめ、やめてくれ、白龍!」
制止の声も聞かず、白龍は俺の首筋に顔を埋めた。首筋を吸われ、背中を走ったしびれに体がはねた。何度もジュダルに抱かれ続けた体は、軽い愛撫ですら快感を拾うようになっていた。
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