触れたい想い
宴が終わった翌日だった。俺は白龍の部屋を一人訪ねた。
偶然にも白龍が部屋にいたことは幸運だった。ザガン攻略してシンドリアに戻るまでに言いたくて言いだせなかったこと。それをどうしても俺は白龍に言いたかった。
「その……お前の腕が義手になっちまったこと……謝って済む問題じゃねえけど、すまない! 白龍が腕を失ったのは俺のせいだ。俺に出来ることがあるなら何でも言ってくれていいからな!」
目を丸くして固まっている白龍の手をとって息を吸った。
「俺はお前の力になりたいんだ!」
これは俺の本当の気持ちだった。義手になったことについてザガン攻略後特に白龍は俺に何も言わなかった。きっと俺のを気遣ってのことだろう。けれども、それに満足することなんかできなかった。結果から言えば俺はののしられても仕方のないことなのに。
白龍が何も言わないことの方が辛かった。だから俺は白龍が何か困ることがあるなら少しでも助けたいと思ったんだ。
「そんなことをしていただかなくても……。この腕はアリババ殿のせいではありません。全ては俺の未熟が招いたことです」
「それでも。何かしないと俺の気が済まないんだ」
正直、俺がこんなことを言いだしている方が白龍を困らせているんだろう。実際白龍派困ったように眉尻を下げている。
沈黙。わずかな沈黙だったと思う。しばらくした後、根負けしたように白龍がため息をついた。
「……わかりました。それならば――――」
続けられた言葉に俺は勢いよく頷いた。
「それならば手合わせをお願いできますか? まだこの義手に不慣れなもので、実戦を交えた鍛錬をやってみたいのです」
それくらいならお安い御用だと俺はその日から白龍の鍛錬に付きあうことになった。
時間は俺が師匠との鍛錬に駆り出されていない時間。早朝の時もあれば昼下がりの時もあった。
この日は昼下がりだった。午前中は師匠と修行して、昼飯を食べたその後だ。一緒に鍛錬を始めた最初のころは白龍が打ち合いの衝撃に耐えきれず槍自体を落としてしまうことが多かった。けれども、数日やっているとその様子はなくなってきて今日なんかは一度も取り落としていないどころか、打ち込みに力が乗ってきているのを感じている。
――やっぱり白龍はすごいな。
真面目で頑張り屋で。義手を使いこなすことがどれだけ大変かはわからないけれど、こうやって使いこなすこと自体並大抵の努力じゃない。
互いの武器を強くはじいて距離を取った所で俺は顔を上げた。
「ここいらで一休憩しようぜ」
白龍も頷いたから俺は剣を懐にしまった。
「どうだ? 腕の調子?」
「やはりなんですが…槍を握った時の感触が生身の手とは違いますね。強く打ちつけた時に若干滑る感じがします」
しかめっ面をしながら義手で槍の柄を強くつかんだり放したりしている。その度に義手の軋む音が聞こえた。
「なぁちょっと腕を見せてもらっても良いか?」
「……どうぞ?」
近くでしっかりと見たことはなかったなと思いながら差し出された白龍の義手に触れた。木製の、確かに人の手の形をしたもの。ザガンの能力で作られたと聞いている。細かい所までちゃんと動くようになっているのが良くわかる。
「本当に精巧な作りをしているんだな……。俺が今こうして触ってるのってわかるのか?」
「はい。触覚はあります」
「へーそうなんだ。それにすっごいスベスベ……あと冷たくて気持ちいいなぁ……」
その時の行動は無意識だった。性質の悪いことに、と後で思う。
白龍の義手はとても冷たかった。運動して火照った体にとても気持ちいいって感じるくらいに。冷たいタオルを頬にあてるようにして白龍の義手を持ちあげて俺は頬を擦り寄せていた。
「ア、アリババ殿……」
「……へ? あ、あっ!! わ、わるぃ……」
何をしていたんだろうと白龍の手をぱっと放した。顔が火照っている。一体俺は何をしていた? つーか、本当に失礼なことを……。
「いえ……」
離れて行った冷たい義手の感触。それに少しだけ寂しさを感じたのはなんでだろう。
白龍と距離は縮まってきたように感じていた。一緒に過ごす時間も増えたし、実際に向き合っている時間も増えたからだと思う。
けれども、指先が触れた時に白龍から離れて行ったように、もしくは俺が慌てて放してしまったように。
どこか距離を詰めることに不安があり、離れた時には寂しさを感じている。
――俺は何を求めているんだ?
最初は白龍に贖罪をしたかった。腕を失った分だけとかどう頑張っても無理なことはわかっているのだけれど、白龍の力になりたいと思った。それだけだったはずだった。
――触れようとしている? 何に?
どうしてあの時白龍の義手に触れたいと思ったんだろう。しかも、なんであんなことをしたんだろう。確かに冷たくて気持ちいいと思ったけれど、それだからって頬を寄せるもんだっけ?
考えてもわからなかった。その時の気持ちも、今こうして『何か』を悩んでいることも、その『何か』も。
――白龍は俺のことどう思っているんだろうな……。
ため息だけが漏れて次に白龍に会ったらどんな顔をすればいいんだろうってそんなことばかり考えていた。
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