小説 | ナノ


  かごをこわすひと3


「僕が連れていけるのは、ここまでだよ」

 煌帝国の国境に接する小さな国。拡大しようとする煌帝国に対し、あらがう術を持たないこの国は、圧力の下煌帝国に組み込まれつつあるという噂が立っている。
 私達がこの国を終着点に選んだ理由はここにある。この国には悪いが、組み込まれつつあるということは煌帝国との交流も深くなり、物流、ひいては人の流れも多くなっている。煌帝国へと入っていくなら、これほど楽な入り口はない。

「ユナンさんにはお世話になってばかりですね。本当に、ありがとうございました」
「僕は、君の役に立てて嬉しかったよ。あと、そうだ。これを」

 そういってユナンさんが懐から取り出したのは、小さな石だった。親指ほどの、赤い宝石が奥に見え隠れしている原石。ルビーだ。大きさからしてちゃんと磨けば、かなりの額で売れることは間違いない。
 それを私に差しだそうとするのだから、私は慌てて手で遮った。

「こんな高価なもの受け取れません!」
「これは君に受け取ってほしい。石自体の価値は気にしなくて良いよ。あちらでたくさんとれるものだから。それよりもこの石には、僕が魔法をかけているんだ」

 そう言ってユナンさんはにっこりと笑った。

「眷属器に近づければ、主の金属器を指し示してくれる。羅針盤のようなものだよ」

 私の手をとって、ユナンさんはその上に石を渡した。
 受け取った石はごつごつとしていた。それが手のひらの上に置かれると、すぐに小さな光が灯った。赤い光だ。
 それは僅かな光だったけれど、確かに煌帝国領に向けて光の線をさし示していた。
 一瞬、何が起きたのか分からず私は言葉を失った。でも、すぐにユナンさんの言葉が胸にしみわたった。つまり、この光の先に、アリババさんがいる。そう思うと私の胸が高鳴った。

「あ、ありがとうございます!」

 思わず大きい声が出てしまって、恥ずかしくなって口をつぐんだ。
 さっきまで、この先アリババさんと金属器をどう探していけばいいのか、正直私に当てはなかった。
 煌帝国は広い。金属器の大体の場所がわかったとしても、移動するかわからないそれを何の便りもなく探す行為は、砂漠の中に落としたダイヤモンドを探すのに近いくらいの難業だろう。
 その居場所がわかるなら、文字通りこの石は羅針盤の役目を果たしてくれる。

「君が喜んでくれて嬉しいよ。でも、忘れないで。これは君を危険にさらすものでもあるんだ。容易に目的地がわかるからと言って焦らないで。軽率にならないよう周囲で情報を集めて、しっかり用心するんだよ」
「よく、肝に銘じておきます」

 石を荷物にいれると、その途中、手を離れた瞬間からその石は光らなくなった。ユナンさんの言った通り、眷属器がすぐ近くにないとこの石は光らないらしい。 

「本当に、ありがとうございます。ユナンさんには世話になってばかりです。いつか恩返しをさせて下さい」
「そんなに気にしなくていいよ。でもそれなら今度、君の探している人を僕に紹介してくれないかな」
「はい!」

 荷物を抱え直して、私は姿勢を正した。はやる気持ちを抑えて、ユナンさんと向き合う。

――不思議な雰囲気の人。

 マギだというけれど、アラジンとはまた違う雰囲気を持っている。でも、どこか遠くを見ているような視線は、少しだけアラジンと似ているような気がした。
 微笑みながら、ユナンさんが手を差し出す。

「幸運を」
「ユナンさんもお元気で」

 その手を握り返して、笑顔を交わして――。
 私達はそれぞれの道へと歩いて行った。






 手にかかるなま暖かい赤い液体。
 拭うこともろくにせず、俺はまた槍を振るった。

 反乱の鎮圧。言葉で言ってしまえばそれまでだが、やっていることは相手の言い分に耳を貸さず、反乱分子を粛正――つまりは殺すことだった。
 一度目は、槍を振るうことに抵抗がなかったとは言えなかった。けれども、それは一瞬だった。
 俺の目的を果たす為にも力が必要だから、小規模な反乱の鎮圧程度でいつまでも手こずっている場合じゃなかった。それに、民のためにも反乱が収まることは治安の改善にも繋がる。

――だから、いいんだ。

 返り血を浴びることにも慣れた。その血を、水浴びで流すことも。衣服に付いた血のシミは、洗ってもとれなくて困ることがある。その場合は、すぐに新しい召し物が差し出される。元の衣服はすぐに処分されることになるのだろうか。着なくなった服のことを少し気にかけてしまうのは、服に見えなくなった血のシミを逆に不自然に感じてしまうからかもしれない。

 どんなに服を代えたところで。
 どんなに身を洗ったところで。

 返り血の感触は消えない。血を浴びたという事実も消えない。俺に向けられる恨みも、消える訳じゃない。
 かといって、止まることは今更できない。後戻りだって、できるわけじゃない。

 俺には果たさなければならない使命がある。
 託された無念がある。
 その目的が果たされるまで、俺は槍を振るい続けるしかない。

 馬車に揺られながら、俺は小窓から外の景色を覗いた。
 太陽に照らされる緑色の平原を一本の道がただひたすらに伸びている。その先の地平線からゆっくりと都市の頭が見えてきた。それが見えてきて、嘆息が漏れた。見慣れた城壁に囲まれた都市。遠征地からの帰省とあらば、普通ならば郷愁にかられて感慨深く都市を眺めるのだろう。でも、それは俺にはできない。

 国に戻っても、この国のどこにも心の安まるところがあるわけがない。
 と、諦めているからだろうか。

――いや、一つだけ。

 今は、一つだけ、あった。
 安らぎなどこの国のどこを探してもなかったけれど、ある日を境に、作られたんだった。
 そこに行けば一瞬でも確かに全てを忘れられる。






  光に導かれるままに私は平原のある都市に足を運んでいた。
  煌帝国と中央砂漠の国家とを結ぶ交易路の途中にあるこの都市は、小さな丘の上に砦を構えた城壁都市だった。砦と街を、高く強固な石壁が囲っている。また、この都市には南北東西からの交易路の交差点に位置し、行商も多く訪れている。

――光は、あの砦に伸びている。

 ユナンさんからもらった石の光はどの交易路にも伸びず、丘の上に立っている砦へと伸びていた。
 以前、暗黒大陸でユナンさんに見せてもらった世界地図の光も、この都市の近くを示していた。つまり、少なくともあの砦に何らかの手がかりがあるということだ。

――アリババさん。

 この近くには彼がいる。そう思うと気持ちははやる。けれども、今は昼だった。
 砦に忍び込むなら、姿が闇に紛れる夜を待つしかない。それに、私はこの街についたばかりだった。街のことも詳しくないし、砦についてもなんの情報も得ていない。
 大きく息を吐いて、心を落ち着かせる。まずは昼間の間にできるだけ街の人に話を聞こう。そして、酒場でも話を聞いてみればいい。

 石を荷物の中に戻して、街を探索するべく私は雑踏の中に紛れていった。
 




 その場所を訪れた時、周囲の陽はすっかり暮れていた。
 古い修練場は僅かな松明だけで明かりを保たれていた。そもそもここは放棄されてから随分長いし、公には誰も使っていないことになっている。が、誰かがここを使っていることはとうに知れているだろう。修練場の内側に警備はいなくとも、外側にはいる。建物から洩れる声など随分前から噂になっているらしい。

 ベッドのきしむ音。部屋から漏れている喘ぎ声。

「……ひぅ……や、ぁ……」

――今日は神官殿がいるのか。

 構わず扉を開けば、薄暗い部屋の奥で誰かが体を起こした。ベッドの上で上半身だけ起こして、俺の姿を認めると呆れたように哂った。

「白龍。遠征が終わってから、すぐにここに来るのはどーかと思うぞ」
「報告はすませました」

 襟元を緩めてベッドに近づく。薄暗い中でもはっきりと姿が見えてくる。うつ伏せに組み敷かれた裸体を組み敷いているのは神官殿だ。服は着崩さず、わずかに襟元と腰回りを緩めただけで、アリババ殿を組み敷いている。
 もうすでに何度か愉しんだ後なのか、シーツの上には白濁がこぼれ汚れていた。精液特有の匂いがあまりしないのは、部屋に焚かれている甘ったるいお香のせいだろう。
 途中の壁に槍を立てかけて、俺はベッドの近くで屈んだ。

「戻りました。アリババ殿」
「……は、く……りゅ……?」

 そっと耳元で呟けば、アリババ殿はベッドに伏せたままだった顔を僅かに動かした。涙に濡れ淀んだ琥珀色の瞳に俺の姿が移っている。
 その頬に手を添えれば、アリババ殿と繋がったままの神官殿は不満そうに声を鳴らした。

「こっちはまだ愉しみてえんだけど」
「そちらの邪魔をしなければいいんでしょう」

 そう言って半開きになったままのアリババ殿の唇に俺は自分のものを重ねた。
 浅い息を最後まで絞り取るように、深い口づけを交わす。逃れようと顔を振ろうとするから、両手を添えて逃さない。息苦しさに震え彼が涙をこぼすのを認めて、俺は彼を解放した。無理な姿勢で口づけを交わしたせいか、いつもよりも苦しそうだ。
 閉じることのできなくなった彼の口から、赤い舌が覗いている。加えて飲み込むことのできなかった唾液で、口元は艶めいていた。下半身に熱が溜まっていくのがわかった。

――足りない。もっともっとアリババ殿を。

 前をくつろがせて、彼の口がもっと開くように顎に手を添えた。それを見た神官殿は俺の意図を悟って、くつくつと哂った。

「今日は随分余裕がねえんだな」
「これなら互いに愉しめるでしょう?」
「ははっ! そりゃそうだ!」
「――――あぁアッ!」

 ぐっと、神官殿に奥を突かれて、アリババ殿が背を弓なりにしならせた。衝動のままに上がった彼の頭に手を添えて、下がらないように捕まえた。
 見開かれた瞳が何をするつもりなのかと、怯え訴えているようだ。

「口はしたことがないのですか」
「そういやねーな」

 自身を彼の目の前にさらせば、彼にも俺の意図が伝わったようだった。
 目に新しい涙をためて、首を左右に振ろうとしている。俺が手でつかんでいる為、僅かに揺れるだけだが。

「なぁ、アリババ君。これからどうなるかわかるか?」
「……ぃやだ、いやだっ! やめてくれっ!」

 怯えて震える姿は、それだけで俺の熱を狩りたてていく。早く、彼が欲しい。

「噛まないでくださいよ」

 俺は自分の口元が歪むのも諌めないまま、アリババ殿のあごに手をかけ口を大きく開かせた。その奥に迷いなく自身を埋めていく。

「――っんぐ! ん――――っ!!」

 喉の奥へと腰を動かせば、彼の後ろでも神官殿が律動を始めたようだった。
 息苦しさと痛みと、それに快楽に怯える瞳が、涙に濡れ俺を見上げている。はちみつ色の瞳は、とても綺麗だった。

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