かごのとり4
「俺は最初に言った通りですよ。俺はあんたが欲しい。心も身体も何もかも――」
一呼吸おいて白龍は哂った。白龍の手が、俺の肩にかかる。
「っ。はく、りゅう……っ」
「そうすれば、アラジン殿もマギとして俺に力を貸してくれる。モルジアナ殿だって側にいてくれる」
強く捕まれて左肩に走った痛みに身をよじろうとして、気付いた。白龍の目が憎しみに捕らわれていることに。アクティアで大聖母を殺した時の目と同じだった。その憎しみは俺に向けられたものじゃないことは、すぐに感じた。この目は、俺を見ていない。
「そうでしょう? そうすれば俺は一人じゃなくなるんだ」
――このままじゃダメなんだ、白龍。
何がどうダメなのかは、うまく説明できない。けれども、このまま白龍が何かに捕らわれて苦しんでいるのを放っておくことはしてはいけない気がした。
ただ俺は手を伸ばした。俺を掴んでいる白龍の手に。
「こんなことをしなくても、お前は一人じゃない。アラジンもモルジアナもお前のことは大切な友達だって思っている。……俺だって今もお前のことは友達だって思っているんだ。たとえみんな今は側にいられなくても、お前は、一人、じゃないだろ」
白龍の目をまっすぐ見て、ゆっくりと言葉を紡いだ。肩を握っていた白龍の手から力が抜けていくのを感じて、俺は息を吐き出した。あいつは手の力を抜いていくにつれて、うつむいていった。白龍の表情は見えない。
「そう思っているのは、あなただけですよ」
ぽつりと白龍は小さく呟いた。消え入りそうな声に、俺は首を横に振った。
「そんな訳あるかよ! アラジンとモルジアナだって」
「うるさいっ! 黙れ!!!」
白龍が激高した――と思う間も俺には与えられていなかった。白龍が顔を上げたと思ったら俺の視界は、反転した。後ろから伸びてきた何かが首に巻きついて後ろにひっぱたんだ。熱っぽく力の入らない体は、ろくに抵抗もできずベッドに沈む。反射的に首のモノに手を伸ばせば、それはわずかに湿っている蔦のようだった。
――こいつはっ、ザガンの!?
すぐに思い当たった。生命のジンの主であり、植物を自在に操ることができるのは俺が知る限り一人だけだった。
「はくっ、りゅ、……なに、をっ!?」
息を搾り取ろうと絞めてくる蔦に翻弄されて、言葉は途切れる。視界に白龍は見えなかったが、ベッドが俺以外の重量を受けて沈んだ。
「何も知らないくせに偉そうに言うな! モルジアナ殿には来れないと言われた、アラジン殿には協力できないと言われた! それなのに、どうして俺が一人じゃないなんて言えるんだ!?」
「っ。かはっ!」
視界に白龍を認めたと同時に、蔦で絞められている場所に、さらに上から残った息を絞り出すように手がかかり圧力をかけられる。息が完全にできなくなり、視界は涙で滲んでいく。その視界の中で見た白龍の目は、もう憎しみに捕らわれている目じゃなくなっていた。けれども、涙は流していないのに、泣いているように顔を歪めていた。
――どうして……俺はあの時、白龍を追いかけなかった?
意識がかすむ中、脳裏に浮かんだのはそんなことだった。
白龍がモルジアナと何を話したのかは知らない。アラジンと何を話したのかは知らない。でも、俺は二人が友人を見捨てるような冷徹な人間じゃないことを知っている。そうじゃなきゃ、バルバッドの時もザガンの時もあんなに懸命になって助け合えるはずがない。白龍が苦しんでいるなら、二人は助けようとするはずだ。
だからといって、白龍が今言ったことを全て否定できるかといったら違うだろう。白龍は、冗談でも嘘をつくような奴じゃない。言っていることは、多分本当だ。本当にあったことなんだろう。
モルジアナやアラジンに止められて俺は行かなかった。行きたいと思っては、いた。でも、最後に行かないことを決めたのは周りがなんと言おうと自分だ。どうしても行くべきだと思ったなら、どんなに止められようと振り切って白龍を追いかければ良かったんだ。今更行かなかった理由を並べた所で、それは言い訳にしかならない。
――何かはあったんだ。俺はそれを知らないし、止めることもできなかった。――俺は……また何もできなかった?
狭くなった視野が赤く染まっていく。息苦しさに暴れていた体にも次第に力が入らなくなり、くたりと力なくベッドに沈んでいく。
意識が掠れていく中、不意に手が離れた。
「――げほっ、ごほっ」
息を吸い込んでも苦しかった。蔦はもう締め付けないけれど、首にまとわりついたままだ。元々熱っぽく動かせなかった体は、今では指一つ動かすこともできないほど力が入らない。
「――それにこんなことをしているのに、『友達』、は、もうないでしょう?」
俺の返事も待たず、服の隙間から白龍の手が差し入れられる。白龍が何をしようとしているのかわかっているはずなのに、火照った体に触れた手は冷たくて心地よかった。それが胸をまさぐり、胸の突起をなでられて、動けないはずの体がびくりとはねた。
「っぁ」
「気持ち、よさそうですね」
下肢にまとっていた衣服がずりおろされる。上も、帯をとられたせいか、次第に冷えた空気にさらされる部分が増えていく。
体は動かない。力も入らない。明らかに異常な状況だ。
それなのに、それなのに、俺は体が熱くって、冷たい空気や白龍の手が気持ちよくって、快楽を享受している。肌をなでられると、どこもかしこも気持ちがよくて体が震えている。白龍が言ったことを理解しようと努めたいのに、頭を白く染めていく快楽に思考を放棄したくなる。
――わからないっ。わからない、何もかもっ。
昼間に俺をここから出してくれたのは白龍なのに、どうして今も組み敷かれているのか。
白龍にどうすることが正しいのか、正しくないのか。
何があったのか、何が起きてないのか。
取り返しがつくのか、つかないのか。
快楽に身体が抵抗できないのか、抵抗したくないのかも。
目から涙がこぼれているのは息苦しさのせいだけじゃない。白龍に対して何も出来ない自分の無力が悔しかった。
「っ、あ、や……。ひゃっぅっ!」
話はまだ終わっていないのに、言葉が紡げない口から洩れるのは意味のない声。はしたない嬌声。内側の熱が熱くなっていく。思考も熱に支配されてまとまらなくなっていく。
「いいんですよ、アリババ殿。声が涸れるまで喘いで、何もかも忘れて、快楽に身をおとして――、俺だけのことを考えてください。俺だけのモノになってください」
白龍の手が下肢の俺自身に絡められ、擦りあげていく。すでに先走りで濡れていたそこは刺激を待っていたように、すぐに固くなっていく。熱を帯びていく。性急にそれを白龍が擦り上げれば、あっという間に俺は達してしまった。
「やっ! あ、あ、ああああああああっ!!」
頭が真っ白に染められる。視界がちかちかと光った気がした。
絞り出した声に喉が痛く、腹に吐き出された白濁とした粘液が気持ちの悪い。
「あなたの前にいるのは、今は俺だけなんですから」
その粘液を指ですくい取ったのか、濡れた白龍の指先が下肢の奥へと当てられた。
俺が意識を飛ばせば、頬を叩かれたり、根元を締められたりして、無理やり起こされた。
起こされるのが何度目になるのかもわからない。行為がどれだけ続けられているのかもわからない。いつもは――ここに来てからは、一度でも意識を飛ばせば、それ以降行為が続いているのかはわからないにしても、俺が起こされることはなかった。次に目を覚ませば、誰もいないベッドの上だった。
けれども、今は目を覚ませば、俺の中にはまだ熱い塊がうずまっている。起きたそばから、突き上げられ、快楽を感じやすい身体はそれに答える。俺が何度達したのも数えることができない。出ていく精液も、もう薄くなっているだろう。
「や……あ、あああ……、ひゃっ……んんっ!」
もうどうなっているのか自分でもわからない。どこを触れられても身体は快楽を感じて震えるし、思考もふわふわしてまとまらない。
首にかけられた蔓はそのままだから、首を動かすこともままならない。白龍の顔もろくに見えない。顔が見えるのは、本当に一瞬だ。俺の両足を抱えて、奥を深く貫きながら、白龍が俺を起こす時。俺が目を覚まして、ぼんやりとあいつの顔を認めた時。
何度目に目を覚ました時か忘れたけど、あいつの名前を呟いたら嬉しそうに笑っていたのは覚えている。その時に、あいつが呟いた言葉も。
――なんで。
声はとうに枯れている。中は白龍が出したものでぐちゃぐちゃにぬかるんでいる。白龍が動くのを止めるほどのきつさがないどころか、奥を突かれる度、粘膜がひくひくと引きつって、白龍のものを締めつける。苦しいほどの快楽を拾ってくる。
――どうして、こうなったんだろう。
「……あ……あ……んんんっ。――――っ!」
次に目を覚ましたら、白龍がまだいるのだろうか。これは終わっているのだろうか。
『愛しています』
呟かれた言葉だけが脳裏に残ったまま、俺はまた意識を飛ばした。
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