La La Bathtime

 羽目というものは、たまにといえども外すものではない。
 陸と二人、レギュラー番組収録の後、スタッフとの食事会を終えてタクシーに乗り込みながら、一織はしみじみそんなことを考えた。
 隣では陸が、こちらにもたれかかって気持ちよさそうにすぅすぅと寝入っている。
 さっきから彼の髪が首筋にあたってくすぐったいが、一織はそれを耐えながら、スマホを手に陸のスケジュールを再確認した。
 明日は午前九時にスタジオ入りして雑誌のグラビア撮影。その後はテレビ局に移動し、午後二時から歌番組の収録。グラビア撮影は陸個人の仕事なので、彼は一足先に朝早く出ることになる。
 現在の時刻は午前零時を回ったところだ。
 明日九時にスタジオ入りするには、遅くとも八時には家を出なくてはならない。今から帰宅して、入浴して……ベッドに入る頃には、一時を過ぎてしまうだろう。
(やはりもう少し早くお暇すべきでしたね……)
 とはいえ、今日の食事会は長年お世話になったプロデューサーが番組を卒業するということで設けられた席だった。
 彼は自分たちがデビューしたばかりの頃から目をかけてくれた恩人だ。早々に席を立つような失礼な真似はできなかったし、したくなかったのだが――それにしても、である。
(この人は、羽目を外しすぎですよ)
 一織はそっと、肩口にある陸の寝顔を見つめた。
 アルコールには滅法弱いくせに、調子に乗ってカシスオレンジを三杯飲んだ彼は、完璧に酔い潰れてしまっていた。
 一織はもちろん、今日同席したスタッフのほとんどが、陸がアルコールに弱いことを知っていた。知っていたが、本人が飲みたいというので最初の一杯を許してしまったのだ。それがいけなかった。
 もともと場の空気や香りだけで酔ってしまう彼である。いくら度数が低いカクテルとはいえ、酔いが回るのに時間はかからなかった。
 一杯目ではやたらテンションがあがって持ち歌を歌い、二杯目ではけらけら笑い続け、一織が止めるのを強引に振り切って飲んだ三杯目で寝落ちしてしまった。呆れて物が言えないとはこのことである。
 陸は弱いくせに、アルコールが好きなのだ。
 飲んでいるときは楽しそうだし、体調に響くほど酔うこともないのだが、普段からふわふわしている彼は酒に酔うと糸の切れた風船のようになる。誰にでも懐いて、どこへでもついていってしまうような。
 一織はそれが心配でならなくて、自分がいない場では絶対に飲まないよう、陸にきつく言い渡していた。彼もそれを守っているようで、だからこそ、今夜は特別に許してしまったのだけれど――。
 はぁ、とため息を吐いて、一織は後ろのシートにもたれかかった。
 頭がぼうっとしているのは、気のせいではない。陸に気を取られていたせいで自覚はなかったが、思いのほか自分も酔っているようだ。
 今夜は何かと陸に飲ませようとするスタッフが一人いて、それを防ごうとした結果、代わりに自分が飲む羽目になった。酔ってしまったのはそのせいだ。
 一織自身アルコールは好きでも嫌いでもなかったが、それほど強いわけでもない。
 十代の頃は酒に飲まれる大人たちを目の当たりにし、成人しても絶対に飲まないと環と誓いを立てていたが、実際に二十歳を過ぎてみると仕事の付き合いで飲めた方がいい場面は多々あって、嗜む程度に口にするようになった。(変わらず誓いを守っている環には、裏切り者!と非難されたけれど)
 それでも自覚するほど酔うことは滅多にないのだが、今日はさすがに飲みすぎた。今後は気を付けなければ。
 やがて車は、見慣れた住宅街へと入っていく。
 用心のため、タクシーを使う時はマンションの手前で降りることにしている一織は、「すみません」と運転手に声をかけた。
「次の信号を過ぎた辺りで止めてください」
「わかりました」
 タクシーに乗ると、『もしかしてアイドルの人?』などと声をかけられることも多かったが、今夜の運転手は気付いているのかいないのか、必要以上に話しかけてこない。
 一織はそれにほっとしつつ、自分に寄りかかりる陸の肩を小さく揺らした。
「七瀬さん、起きてください」
「……うん……?」
「もう家に着きますよ」
「ん……」
 ぼんやりと瞼を開けて、陸がこちらを見る。
 まだ眠たそうなその眼差しにふっと笑うと、陸もつられたようにふわっと笑った。
「いおり……」
 二人きりのときにしか聞かないような甘ったるい声を出されてどきりとする。「寝ぼけていないで起きてください」と小声で叱ると、ちょうどタクシーは路肩に止まった。
 手早く清算をすませ、陸と共に車を降りる。走り去るタクシーを見送って隣に目をやると、陸は眠そうな顔でふぁあと欠伸をした。
「七瀬さん、歩けますか?」
「うん、全然大丈夫!」
 陸はそう言ってマンションに向かって歩き始める――が、足元はふらふらしていて覚束ない。一織はため息を吐き、彼の隣に並んだ。
「いおり?」
「万が一転ぶといけませんから」
 そう言って腰に手を回すと、陸はへへっと笑ってこちらにぴったり身を寄せてくる。必要以上に密着されて、一織は眉を顰めた。
「あの、歩きにくいんですけど」
「いいじゃん、たまにはさー」
 離れるどころかますますくっついて、陸は嬉しそうにそう告げる。一織はまったく……、とため息を吐きながら、まんざらでもない気分で陸を支えて歩き出した。
「今日、楽しかったな。お酒も久しぶりだったけど、すごくおいしかった」
「そうですか。それは良かったですね」
「うん。もしかしてオレ、お酒強くなったかな?」
「全然なってませんよ。厄介な勘違いはしないでください」
「なんだよー」
 文句を言いながらも、陸はにこにこ笑っている。一織は苦笑しながら、彼と共にマンションのエントランスをくぐった。



「ただいま!」
 玄関のドアを開けるなり、陸はこちらを見て笑顔でそう告げる。一織は催促される前に「おかえりなさい」と返し、ふらつく彼を支えて脱衣所に向かった。
「七瀬さん、先にお風呂どうぞ。すぐお湯を張りますから」
「んー……」
 一織の言葉に、陸は素直に上着を脱ぎ始める。一織は浴室に入り、浴槽に湯を溜め始めた。
 陸が躓かないよう、洗い場の椅子や洗面器を隅に寄せ脱衣所に戻ると、彼はシャツのボタンに手をかけたまま洗面台の前に座り込んでいる。一織は焦って彼に駆け寄った。
「なっ……七瀬さん!」
 腰を下ろし顔を覗き込むと、陸はうん?、と瞼を開ける。具合が悪いのかと思ったが、どうやら眠いだけのようだ。一織はほっと胸を撫でおろした。
「そんなに眠いのでしたら、もうベッドで寝てください。お風呂は朝にしましょう」
「やだ」
「は……」
「お風呂、入る……」
 陸はそう言って、再びボタンを外し始める。
 しかし酔いのせいか手元は覚束ず、うまく外せない。やがて焦れた陸に「一織」と名前を呼ばれて、一織はゆるゆると息を吐いた。
「貸してください」
 そう言って陸のシャツに手をかけると、彼は大人しくこちらに身を委ねてくる。
 まったく、世話のやける人だ。
 ボタンを外しシャツを脱がせ、ついでにベルトも緩めてやると、陸は自分からズボンと下着を脱いで一糸纏わぬ姿になる。その姿にどきりとした瞬間、彼の手が一織のジャケットに伸びた。
「七瀬さ……」
「一織も一緒に入ろ」
 陸はそう言って、ふわっと笑った。



「いおりー、まだ入らないの?」
 浴槽の縁に両腕を置き、その上に頭を置いて陸が声をかけてくる。
 洗い場で体を洗っていた一織は、ボディーソープの泡を流しながら眉を顰めた。
「あの……じろじろ見ないでもらえますか」
「あははっ、今更照れることないのに」
「照れてませんけど!」
 今夜はやはり、自分も酔っていたのだ。
 酔った状態の陸を一人で入浴させるのは忍びないという気持ちは当然あったが、誘われるまま服を脱いでしまったのはアルコールのせいとしか思えない。
 しかしこうして一緒に入ったはいいものの、酔いは完全に覚めてしまった。
 二人で入浴したことはこれまでも何度かあるけれど、それは完全にその場の勢いあってのことで、こんな状況で入るのは初めてだ。
 この世に生まれて二十二年、理性を保つことには自信があったが、アルコールが抜けきらず完全に甘えモードに入った陸は強敵だった。
 裸のまま子犬のようにじゃれついてくる彼をなだめながら、シャンプーをして体を洗ってやり、湯船に押し込み――それから一織は、冷たい水を頭から浴びた。
 そうでもしないと、体が反応していることを陸に勘付かれてしまいそうだったからだ。
 そうしてようやく落ち着いたのはいいものの、試練は未だ続いている。ちら、と陸に目をやると、「うん?」と無邪気な笑顔が返ってきた。
 とにかくさっさと温まって出てもらおう。
 そう決意して湯船に足を入れる。体を沈めると、浴槽からはざぶんとお湯が溢れた。
「一緒に入るの、久しぶりだね」
 二人で入るには少し狭い湯船の中で向き合って、陸は嬉しそうに告げる。一織は「そうですね」と答え、目の前の彼から目を逸らした。
(この人は本当に、人の気も知らないで……)
 ひそかにため息を吐くと、バシャ、と湯の跳ねる音がする。はっと顔を前に戻すと同時、すぐ目の前に陸の顔が迫り、一織は慌てて後ろに仰け反った。
「なっ……なんですか!」
 驚いて訊ねると、陸は少しだけ照れた顔で、「キス、したいなって思って……」と呟いた。
「はっ……」
 明け透けな発言に、かああっと顔が熱くなる。すると陸はそんな一織を見て、かわいい、と笑った。
「ね……、したい」
 陸はそう囁くと、なおも距離を詰めてくる。狭い湯船の中では逃げる場所などなく、二人の唇はふわりと重なった。
「……っ」
「ん、……いおり……」
 触れ合わせた唇が、自分の名を囁く。
 僅かに離れた先の彼を見つめると、酔っているせいかいつも以上に潤んだ瞳がこちらを見つめ返してきて、一織はくっと息を呑んだ。
「一織、オレ……」
 唇から漏れる声と、絡む視線が、蜂蜜のように甘くとろける。
 一織は一瞬それに流されてしまいたくなったが、懸命に自分を律し、「七瀬さん」と口を開いた。
「ん……?」
「後ろ、向いてください」
「うしろ……?」
 陸は不思議そうな顔をしたが、素直にこちらに背を向ける。一織はふうっと息を吐くと、彼の肩を抱えるように後ろから両腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「ひゃ……! 一織っ」
 密着したまま肩口に顔を寄せると、腕の中の陸はびくっと震える。
 湯船の中とはいえ、直接重なる肌に鼓動は速くなったが、自由を奪い、顔も見えなくなった分、いくらか余裕が生まれたのかもしれない。一織は陸の耳元で囁いた。
「大人しくしていてくださいよ」
「っ……、大人しくしてるじゃん……!」
「どこがですか。……あなた、明日は朝から仕事でしょう。体があたたまったら、すぐに出ますからね」
「わかってるよ……」
 一織の言葉に、陸は拗ねた声でそう答える。
 けれどすぐ、甘やかなまなざしで一織の顔を振り仰いだ。
「もう少し、いいよね……?」
「……っ」
 とくん、とくんと鼓動が跳ねる。
 体が熱いのは、お湯のせいなのかそれともこの状況のせいなのかわからない。
 けれどこうして肌を合わせていると、鼓動が逸る反面、ひどく落ち着くのも事実だった。それはきっと、陸も同じだろう。
(……七瀬さん)
 胸の奥で呟いて、洗い立ての髪に鼻先を埋めると、陸は「くすぐったいよ」と笑った。
「今日、楽しかったね」
「……収録ですか? それとも食事会が?」
「どっちも! 久しぶりにいっぱい笑った気がする」
 あなたはいつも笑っているじゃないですか。
 そう思ったが、一織は口には出さずふっと笑った。
「最近ね、しみじみ思うんだ。ああオレ、幸せだなあって」
「なんですか突然……」
「大好きな人たちと一緒に、大好きなことを仕事にできて、毎日がすっごく楽しい。ありがとう、一織!」
 陸の言葉に、一織は思わず顔を上げた。
「どうしてそこで私にありがとうなんです」
「だって、一織が言ったんだろ。オレをずっと幸せにしてくれるって」
「は……?」
 一体何の話だろう。ピンとこず眉を寄せると、陸はこちらを振り仰いで頬を膨らませた。
「前に言ったこと忘れたの?」
「前に……?」
「何年も前だけど、オレのこと部屋に呼び出して言っただろ。幸せにするって」
「……って、あ!」
 ようやく思い当たってはっとした。
 あれはもう、五年も前の話だ。陸のことで散々思い悩んだ自分が、彼に告げた言葉。

『七瀬さんは、ずっと幸せでいてください。いえ、私が幸せな環境をキープしてみせます』

 当時は深い意味などなく口にした言葉だが、今思い返すと顔から火が出そうになる。一織は慌てた。
「あっ、あれは、あの時も言いましたが、そういう意味で言ったんじゃないです!」
「またまたー。今更恥ずかしがることないじゃんか」
 からかうような口ぶりで笑う陸に言い返したい気分になったが、一織はぐっとこらえた。相手は酔っ払いだ。まともに相手するだけ無駄である。
 それに彼の言ったことも、あながち間違いではない。あの頃の自分は、陸への感情が特別なものだとは少しも気付いていなかったけれど。
「というか、あんな何年も前のことをよく覚えてましたね……」
 できれば忘れてほしい。
 そんな気分で言うと、陸はこちらにもたれかかり微笑んだ。
「あの頃はさ、一織とこんなふうになるなんて思ってもなかったけど、でもオレ、すごく嬉しかったんだ。一織がオレのこと、大切に思ってくれてるんだってわかったから。きっと、一生忘れない」
 言いながら陸は、一織の腕に頬を摺り寄せてくる。甘えるような仕草に、どきりと鼓動が跳ねた。
「オレ、ずっと幸せだよ。だから、ありがとう」
「七瀬さん……」
 今夜の彼は酔っているけれど、それが心からの言葉だということはわかる。腕の中の彼がどうしようもなく愛おしくて、一織は抱きしめる腕に力を込めた。
「一織」
「はい」
 呼びかけに顔を上げると、まっすぐな視線とぶつかった。優しさと強さを両方もった、強いまなざしだ。
「一織のことは、オレが幸せにする」
 はっきりとしたその言葉に、一瞬返事が遅れた。
 目を瞠る一織に、陸はへへ、と笑う。
「だから覚悟して!」
「……何の覚悟ですか」
「オレと幸せになる覚悟!」
 そう言って楽しそうに笑うから、つられて笑みが浮かぶ。熱い感情がこみあげてくるのを感じながら、一織は陸の頬をそっと撫でた。
「あなたが幸せなら、私も幸せです」
 胸に浮かんだ言葉を素直に声にすると、陸は見つめる先で一瞬泣き出しそうな顔になった。あ、と思った次の瞬間、陸の腕が伸びる。ぐい、と引き寄せられて一織は大きく目を見開いた。
「七瀬さ……っ」
 声の最後は、強引に重なった陸の唇に飲み込まれた。
 甘えるようについばみ、そっと離れた唇の先で陸が言う。
「ずるいよ……」
「……っ」
 こちらに言わせれば、ずるいのは彼の方だ。
 赤らんだ目元、潤んだ瞳。小さく揺れるその声も全部がどうしようもなく可愛い。
 こんな状況で、そんな顔を見せないでほしい。
 一織はたまらなくなって、今度は自分から彼にキスをした。やわらかな唇から零れる甘い吐息をすくうように舌を絡めると、陸もそれに応えるように一織の舌を吸う。
「ん……っ」
 ゆっくりと、気持ちを確かめ合うようなキスに胸が震える。
 もっと、と求める自分も確かにいるけれど、それ以上に満たされた気分になって、一織はそっと唇をほどいた。
 陸も同じ気持ちだったのかもしれない。
 交わる視線の先でくすぐったく笑う彼は本当に幸せそうで、一織は目を細めた。
「そろそろ出ましょうか」
「もう少し……」
「のぼせてしまいますよ」
「じゃああと三分」
 子供のような返事に笑みが浮かぶ。はい、と答えて再び背中から抱きしめると、陸はふと思い出したように声を上げた。
「そうだ一織!」
「なんですか」
「オレ、今度車買おうと思うんだ」
「………はい?」
 あまりにも突拍子のない言葉に返事が遅れた。陸はこちらを振り仰ぎ、へへっと笑う。
「このマンション、駐車場つきだろ? せっかく免許持ってるのに、使わないのもったいないと思わない? 買い物だって、車があれば便利だし」
「それは……」
 陸は去年、番組の企画を兼ねて車の免許を取得した。
 番組を見る限り一発合格できたのはほとんど奇跡にも思えたが、とにかく免許を取ったばかりの頃は何かにつけて運転したがって、周りはそれを宥めるのに大変だった。
 最終的に陸に甘い大和が自分の車を運転させてやったのだが、期待を裏切らない陸は、出発と同時にミラーを車庫にぶつけ、即座に運転手をクビになった。それ以来、彼の運転欲はおさまっていたようなのだけれど。
「確かに便利だとは思いますが……。それはちょっと、待ってください」
 少し考えて、一織はそう答えた。すると陸は「なんで?」と不思議そうに返してくる。自分の運転技術の拙さは忘れてしまったのだろうか。
 あなたが車を運転するなんて、考えただけでも寿命が縮まりそうです。
 そう言いかけて押し黙る。
 陸に回した腕にそっと力を込めて、一織は口を開いた。
「私も免許を取ろうと思っていたんです」
「えっ……そうなの?」
「ええ」
 嘘ではなかった。
 本当は大学の卒業が決まってから教習所に通うつもりでいたのだが、タイミングが合わず先延ばしになっていたのだ。
「マネージャーに相談して、スケジュールの調整をしていただく予定です。ですからもう少し、待ってください」
「それはいいけど……一織が免許を取るのと、オレが車買うのって別の話じゃない?」
 少し前までふわふわしていたくせに、急に鋭い答えを返してくる。酔いは覚めてきたのかと思いながら、一織はコホンと咳払いした。
「とにかくその話は、また今度にして下さい」
「誤魔化した……」
「べ、別に誤魔化してません!」
 即座に言うと、陸はくすぐったく笑って一織の手を取る。そしてそっと、指先を絡めた。
「じゃあ、一織が免許取ったら、二人でドライブ行こうよ。交代で運転しながら、海とか山とかいろんな所に行ってみたいな。一ヶ月くらい休みもらってさ。誰もいないような場所で、星を見ながらキャンプするのも楽しそう!」
 現実的なようで、現実味のない話だ。
 一織はそう思ったが、小さく微笑んだ。
「いいですね」
「だろ?」
 今すぐには無理でも、いつかそんな日が来るかもしれない。この人とは、これからもずっと一緒にいるのだから。
「最初はどこがいいかな。一織は行きたいところある?」
「七瀬さんにお任せします」
「えっ。それってオレ、責任重大じゃない?」
「そうですよ。真剣に考えておいてください」
 一織の言葉に、陸はうっと言葉に詰まる。
(あなたと一緒なら、どこへでも)
 一織はそんなことを思いながら、抱きしめる腕に力を込めて陸の頬に唇を寄せた。


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