- ナノ -





大晦日の夜。

営業を終えたポケモンリーグの建物内は不気味な程静かである。 照明もまばらにしか点いておらず、廊下は薄暗い。私はそんな中を歩き、リーグの奥の居住スペースの談話室の扉を開けた。
「兄さん、ジョーイさんがみかんおすそ分けしてくれたよ。一緒に食べよう」
「おや…ありがたいですね」
談話室にはすでに兄さんが居て、ぼんやりとテレビを見ていたが、私の言葉に穏やかな笑みを浮かべた。
私は持っていたみかんの山をテーブルに置いて、ソファに座る。
そして訪れる、沈黙。テレビの音だけが聞こえる。しかし、不思議と気まずさは感じないのだ。
「…みんな里帰りしちゃったから、静かだね」
「…そうですね」
それだけ話して、また沈黙。兄さん以外の四天王の皆さんやシロナさんは、絶賛里帰り中である。まあ当然っちゃ当然か。
そして、しばらくの沈黙のあと、私は再び口を開いた。
「兄さんはさ、実家、帰りたいと思ったこと、ある?」
そう、私たちにももちろん実家はある。しかし、私は実家に帰りたくないのだ。年末年始だけでなく、ずっと。
しかし兄さんは違うかな、と思った、それだけだ。今回だって、私に付き合ってリーグに残ってくれただけかもしれない。
兄さんはゆっくりこちらを見て、言った。
「ありませんよ」
「兄さん…」
「あそこにいるより、お前やイツキと一緒にいた方が有意義です」
兄さんはきっぱりと言い切った。
いつもは意地悪な兄さんのその言葉に、純粋に嬉しさを感じた時、談話室の扉が大きな音を立てて開いた。
「お邪魔しまーす!」
「イツキ!」
「お兄ちゃん!」
入ってきたのはイツキお兄ちゃんだった。お兄ちゃんは持っていたトランクを床に置くと、私の隣にどかりと座る。
「遅かったですね」
「飛行機が遅れたんだ。あ、そういやなんの話してたんだい?」
「あー、実家に帰りたいかって話」
「えー、帰りたくないよあんなとこ」
お兄ちゃんが加わったことで、談話室は一気に賑やかになる。兄さんといる時の沈黙も、お兄ちゃんがいる時の賑やかさも、私は好きだ。
「そんな話よりさ、テレビ見ようよテレビ!ほら、今ちょうど面白いとこみたいだし!」
「そうだね!」
「なら、私は鍋の用意でもしましょうか。みかんはヨツバが持ってきてくれたことですし」
「兄さん頼んだ」
そんなこんなで、大晦日の夜は更けていくのであった。









「ヨツバ、起きなさい」
兄さんの声が聞こえて、目を開けた。目覚まし時計を見ると、午前4時。鍋を食べてテレビ見て駄弁って、眠くなったから自分の部屋に引っ込んでからまだ4時間しか経ってない。
「眠いよ兄さん…」
「初日の出、見るんでしょう」
兄さんの呆れたような声に、そういえばみんなで初日の出を見ようと約束していたことを思い出す。私は慌てて布団から出る。
「すぐ支度しなさい」
そういって兄さんは部屋を出て行った。




「お待たせ!」
リーグの外では、すでに兄二人が待っていた。
「おはようヨツバ」
お兄ちゃんが穏やかに挨拶する。私もおはようと返して、わたあめをボールから出した。兄さんたちも、それぞれドータクンとネイティオをボールから出す。そうして私たちは、ポケモンの背に乗り、薄暗い空へと飛び立った。



「着いたー!」
そして私たちが降り立ったのは、ナギサシティの海岸。3人並んで、砂浜に腰掛ける。
「寒いねー。」
「暗いしね。あと眠い」
「だからもっと早く寝れば良かったんですよ」
くだらない話をしていると、次第に東の空がオレンジ色に染まってきた。
「あ、」
「そろそろ、かな」
そして、ぱっと水平線から飛び出す光の筋が私たちを照らす。初日の出だ。
「わあ…」
その美しさと新年という特別感にしばらく浸っていたかったが、私には言うべきことがあるのだ。
「兄さん、お兄ちゃん、あけましておめでとう」
「…あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう、今年もよろしくね」
そして、笑いあう。さてと、美しい兄妹愛はここまでにして。
「早速ですが、お年玉寄越しやがれください」
「嫌です。」





初日の出に照らされて
(今年もどうか)
(仲良くしてね)






prev next