polyamory


両手に花とはよく言ったものだけれど、両手に男と言えばどうだろう。その中央に君臨するのは、二人の男を誑かすファム・ファタールだろうか。それとも、その女は。
 
 彼女と出会ったのは、二年前。彼女は梵天が運営するフロント企業である金融会社に中途入社した女だった。風の噂で聞いたことだが、どうやら重病の母親の治療費を稼ぐため、フロント企業であることを知りながら入社したらしい。
 フロント企業に務める人間は、大抵金に目が眩んだ欲深い人間である。人を騙し、痛めつけた故に生まれる恵に集る、薄汚い人間たちがここには集う。そんな中で、彼女は家族のためにと覚悟を決めてこの世界に足を踏み入れた。「汚い世界にも珍しいやつがいるんだな」という九井の呟きで、灰谷蘭と灰谷竜胆は彼女の存在を知ることになった。どうやら、自分の過去と女を重ねたらしく、他には内密で女にボーナスを倍にして与えたとか。

 出会いは簡単に言うと最悪だった。
「そんなに金稼ぎてぇなら、俺の店来る? アンタみたいな純粋そうな女がちょうど欲しくってさ。どう?」
 竜胆は兄の言動に頭を抱えた。今日も今日とて残業をする彼女の元へ現れるなり、蘭は二枚の名刺を片手で無遠慮に渡した。一つはクラブ、もう一つは風俗店。
 梵天幹部を前にして、直立不動だった彼女はそれを受け取り、じっと名刺を見つめる。俯いているためその目線が何を語るのか分からず固唾を飲んでいると、彼女は顔を上げて一言「ごめんなさい」と。
「私、こういうお仕事だけはやらないって決めてるんです。善良に生きようっていう心は捨てました。でも、身体だけは大切にしようと思ってるんです。ありがたい話ですが、ごめんなさい」
 この名刺はお返ししますねと微笑んだ彼女に、蘭と竜胆は目を瞬かせた。

 それからというもの、灰谷兄弟は彼女を気にかけるようになった。と言っても二人の心の内は違い、蘭は好奇心、竜胆は懸念であった。蘭は定期的に職場に顔を出しては彼女を捕まえて食事に連れ出したり、ものを買い与えたりした。竜胆が聞くところ「ん〜愛玩って感じ?」と首を傾げてみせる。
 竜胆は九井に働きかけ給与面向上の他、仕事を効率化する最新のプログラムが組み込まれたコンピューターを搭載し、彼女自身を労りに行くなどしていたようだ。蘭が聞く所「なんか心配じゃん、アイツ」とのこと。
 兎にも角にも、彼女は灰谷兄弟から目をかけられていたのである。初めはよそよそしかった彼女も、時が経つにつれて少しづつ心を開き、緩んだ笑顔を見せるようになった。

 そんな彼女が絶望に堕ちたのは、半年前のこと。彼女の母親が病に抗えず、ついに息を引き取ったのだ。その時の彼女は例えようがないほど酷く落ち込んでいた。そのままパッタリと職場に来なくなった彼女を心配し、二人が彼女の自宅に向かうと、彼女は酷くやせ細った顔で出迎えた。
「……灰谷幹部」
「あんまり出勤しねぇから死んでるかと思ったわ」
 腕を組み、眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌な顔をする蘭の後ろから、竜胆は姿を表して彼女の前に膝をついた。そして、だらんと力無く下がった手を取り、その手を握りしめながら真正面から見つめる。
「兄貴も心配してたんだよ。なぁ、本当に俺も心配してた」
 彼女は竜胆の言葉に目を瞬かせたあと、瞳を揺らして静かに涙を零した。家族のために正義の心を売って働くような、どれだけ強い精神力の彼女でも、やはり中身は繊細で脆い女性だった。彼女は一度溢れた涙を止める術を知らず、溢れた感情に抗えず、顔を覆って泣き始めた。
「私、もう、何のために働いたらいいか、生きていたらいいか、分からない」
 嗚咽混じりに吐き出された本音。生の希望を見いだせず、死さえ望む彼女の言葉に、口を開いたのは蘭の方が先だった。それまで腕を組んで彼女を見つめていた蘭は、しゃがみこんで片膝をつき名前を呼んだ。
「じゃあ、俺らのために生きろよ。生きる意味がないなら、俺らがオマエに与えてやる」
 真っ直ぐ、逸れることなく、真っ直ぐに瞳を見つめて語る蘭と、彼女の手を温めるように握る竜胆。二つの紫に見つめられ、彼女は時が止まったように呼吸を止める。この二つの紫が、自分の道を照らして導いてくれるような、そんな約束されていないのに確かだと思える予感がした。彼女は二つの紫に返事なく、強く深く頷き、二人と契約を交わしたのだった。





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