Jack | ナノ


Natalia


激しい雨が降りしきっていました。サーシャの遺体が見つかったのは、その雨が止んだ翌朝のことです。


一日中降り続いた雨は、遺体の発見を遅らせました。誰もが皆、窓を閉め切って、庭に出ることもせず、憂鬱な時間をおもいおもいに過ごしていたのです。


落雷の音に紛れて、サーシャが転落したことに誰も気づかなかったようでした。ナターシャでさえ、てっきり仕事に出ているものだとばかり思って、彼の不在に何の疑問も抱きませんでした。その日、彼女は義兄のイヴァンと夜を過ごしました。大好きな葡萄酒を煽りながら、乳母に息子のミハイルを任せて、二人は肩を寄せ合って楽しく過ごしていたのです。


アレキサンドル・ロマノフ。麗しいサーシャ。美しい青年は誰にも気づかれることなく、十八の若さでこの世を去りました。


サーシャの体は、薔薇の木の上に沈んでいました。彼の白い首は薔薇の枝に貫かれていました。まるで、枝が喉から生えてきているようだったと侍女は語っています。
死因は、大量出血による窒息死でした。


転落し、咽喉に枝が刺さったとき、彼にはまだ意識があったそうです。爪の間に、薔薇の木の皮が残っていました。枝には幾つもの引っ掻き傷がありました。けれど、それが仇(あだ)となってしまいました。脊髄と脊椎の間に刺さっていた枝は、内部で折れ、柔らかな皮膚にゆっくりと食い込みました。折れた木の枝は動脈を傷つけました。溢れ出す血に為す術もなく、サーシャは自らの血に溺れ死んだのです。喉が潰され、助けも呼べず、雨に打ちつけられながら、彼は息をついえました。発見が早かったなら、助かっていたかもしれなかったと検死官は書き残していました。


サーシャが何故バルコニーから落ちてしまったのでしょう。真相は明らかにならぬまま、その死は単なる事故として片づけられました。雨のために、はっきりとした死亡時刻を割り出すこともできませんでした。また、寝室にも争った痕跡もなく、目撃者も現れなかったのです。


当時、ロマノフ家は最盛期を迎えていました。しかし、連続する当主の死。報道機関は、日夜大きく騒ぎたてました。事件は歪められ、陰謀説や呪いなど様々な物議を醸していました。なかには妻のナターリア・ロマノフを犯人に見立てる者もいました。


しかし、この事件によって何よりも歪められてしまったのは彼女の心でした。ナターシャはすっかり塞ぎ込み、夫と愛を囁きあった寝台の上で、いつまでも泣き暮らしていました。


そうして、これまで従ってきたしきたり通りに、ナターシャは新たな婿養子をとりました。最愛の夫の兄、イヴァン・イワノフを婿養子に迎えたのです。


それは、ナターシャが十六のころ。サーシャの死から、たった一か月後のことでした。




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