Liz
闇の中を駆け抜ける影がありました。軽い体をふるって、風を切っていきます。
ジャックは未だ冷めやらぬ熱に急きたてられるように走り続けていました。肺が燃えているようでした。息はとうに上がっています。それでも止まることはできません。じっとしてなどいられませんでした。
吐き出す息は白いもやとなって、彼の顔を濡らしました。耳も頬も真冬の空気に冷やされて、痛いほどに冷たくなっています。彼は静かに涙を流しました。凍えた体を包み込んでくれる人はもういません。もう誰もいないのです。
彼は東へと向かっていました。都を目指して昇っていくつもりでした。何日かかるかも知れません。着の身着のままで出てきたばかりに彼の手にあるものは折れ曲がった銀貨だけでした。他には何もありません。けれど、彼は飛び出した勢いのままに進み続けました。自分を急かすものの正体がわかりませんでした。一体何に動かされているのか。逃げているのとも違うのです。必死に、ただひたすらに駆けました。
今ではもうその道中のことを、まるっきり覚えていません。ひもじさも、寒さも忘れてしまいました。覚えているのは、目的の大きな建物に入る前にマリウス・ゼルヴィーノの腕の中でことんと意識を失ってしまったことだけです。
ゼルヴィーノ社の最高責任者は、倒れかかったぼろぼろの少年をしっかりと抱えました。美しい顔の少年は、鋭い瞳を細めて、男の顔をしかと認めました。それが、この少年の唯一の幸運だったのかもしれません。
「ゼルヴィーノ……、僕は…………」
少年は、残された力を振り絞って男の首っ玉にかじりつき、はっきりと自分の名前を告げました。そして、力尽き、意識を手放しました。彼は全てを男に委ねたのです。
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