Jack | ナノ


Nike


「はあ、まあ、いいです。今回は。別にあなたをからかいにきたわけではないのですから」

「どうだか」


ニケの口元が歪な弧を描いたのを見て、ジャックは舌打ちした。


「用件があるんだろ? ったく、社長は何でわざわざお前を寄越すのかね」

「あなたが出勤しないからでしょう。家を知っているのは私と社長だけですし、当然じゃありませんか」

「俺の仕事は会社にはないからな。それに毎日お前と顔を合わすことになるくらいならクビになった方がマシだ」

「職務放棄は契約違反ですよ」


ニケはどこからか取り出した封筒をジャックに差し出した。厚みのない、簡素な茶封筒である。ジャックは受け取ると、じろりとニケを睨んだ。


「これだけか?」

「さあ?私はただの連絡係ですから。犬のように嗅ぎ回れば、何か掴めるのでは?」

「てめえも、この雑用が嫌なら断れよ。社長の秘書なんだろ」

「秘書など名ばかりですよ。私はただの小間使いに過ぎません」


これほど謙虚さが似合わぬ男もいない。眼鏡の奥の黒い瞳はいつだって誰かを見下し、馬鹿にしているのをジャックは知っていた。


「あなたも社長と直々に契約を結んだ人間なら、仕事を選ぶ自由などないはずです」


鼻筋の上の眼鏡を中指で押し上げながらも、ニケはジャックから目を離さない。


「玩具を取り上げられたくなどないでしょう?」


ティーを一瞥して鼻で嗤う。


「ああ、もしも飽きたら、次は私にも遊ばせてくださいね」


狡猾そうな顔がにっこりと笑うが、細められた瞳は決して笑っていない。


「それでは、ティー、またお会いしましょう」


そう言い放つと、ニケは踵を返して部屋を出ていった。


ニケの姿が消えると、ジャックはすぐさま流し台に行き、手を洗い始めた。石鹸を掠め取って、執拗に手を揉む。泡が流れ、水が流れていく。ティーがそばへ寄ると、ジャックはようやく手を止めた。手をタオルで拭いながら、ジャックが引き結んでいた口をゆっくりと開いた。


「大丈夫だったか」


ティーがこくりと頷く。


「ジャックが助けてくれたから」


俯きがちにティーが呟いた。ジャックは屈み込んで、その顔を覗き込んだ。


「どこ触られた?」

「お腹…あと…胸も」


ティーの言葉よりはやく、ジャックの手が、まっしろい張のある肌の上を滑った。ひやりと冷たい感触に、ティーの肩が跳ねた。ジャックは気にしたそぶりもない。服をたくし上げて、腹から胸にかけて丁寧に手を這わせて進んでいった。胸をこねるように撫でつけると、ティーが身体を揺らしてよじれた。この少女が触れた先から敏感に反応することをジャックはよく知っていた。別に悪いことなど一つもない。彼はしれっとした顔で触り続けた。


「他は?」

「ない」

「そうか」


ひとしきり触れたところで、ティーを弄(まさぐ)る手は、手の平から指先へかけて、ゆっくりと撫でるように引いていった。


「なんか変なこと言われたか?」


ティーはふるふると頭(かぶり)を振った。小さな唇が、おそるおそる尋ねた。


「ニケは、ジャックのおともだちじゃないの?」

「そう見えたか?」

「ともだち…できたことないからわからない…」


ジャックは長い嘆息をつくと、腰を上げた。


「俺とあいつは友達じゃないし、あいつにそういうのがいるところを見たこともないな」


ニケは昔から捻じ曲げた真実と常識ばかり口にする悪癖持ちだった。彼に好意的な者でも、すぐその毒牙にかかった。


「あいつが言ったことは気にするな。全部、本当じゃない」

「うそつきってこと?」

「……まあそんなとこだ」


厳密に言えば、ニケは虚言癖などではない。彼は、常時真実や常識を歪ませるだけだ。けれど、それが厄介極まりない。嘘つきの方が罪が軽い気さえした。


「まあ、とにかく、俺はこれから仕事だ」

「お仕事…?」

「お前が来てから、しばらく仕事を休んだからな。とりあえず今から情報収集だ」

「どこかにいくの…?」

「お前も来るか?」


暗かった少女の顔がぱっと明るくなったのを見て、ジャックはふっと微笑んだ。


「まず、服を着替えて来い」






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