Jack
カランと扉が開いた音の後に、背の高い、鋭い目つきの男が現れた。小さなランプの灯りで薄ぼんやりと暗い店の中、目を奪われるほど端正な顔をした、その男は、酒をあおる醜い客たちとその存在を逸している。店をシマにしている娼婦たちも、商売の話をしながら視線だけで男を追っていた。だが、男に寄るものはいない。明らかに場にそぐわぬ、その華やかさと、その眼の厳しさが、何者も近づくことを許さなかった。
「美人な野郎がいたもんだ」
それを見つけた一人の酔っ払いが、ヒュウと口笛を鳴らした。一瞬、ざわめきに緊張が走ったが、酔っ払いは気づいていない。男はそれに冷ややかな一瞥をくれると何も言わずに通り過ぎた。
男はカウンターの中でその様子を眺めていた店員の元へと足早に歩み寄った。
カランカランと。続けて、小さな少女が来店した。少女もまた浮世離れした美しさのある、肌の白い、上品な顔をしていた。まばゆい色の髪をふわりと靡かせながら、不慣れな様子で店の中をきょろきょろしている。
すると、先ほどの酔っ払いが、めざとく少女を見つけて、再び野卑な言葉を投げかけた。
「これまた可愛いお嬢ちゃんだなあ」
酔っ払いはいやらしく笑うと少女の方へと千鳥足で近づいていった。
「お嬢ちゃん、こんなところに来たらだめだろう?」
少女の行く先を塞ぐようにして、ぶよぶよと肥満した、髭の濃い赤ら顔が黄ばんだ歯を見せて笑う。少女は、一歩、後ろへ下がった。
「怖がることはないよお。おれは悪いやつなんかじゃあ、ないからねえ」
酔っ払いは、少女の頬を、ちょんちょんと指で撫でた。柔らかな肉感に、調子を良くしたらしく、しまりのない顔をますます緩めている。そして、思い出したように舌舐めずりをした。
「そうだぁ、お嬢ちゃん、お二階に、お部屋があるから、そこに行こうかあ?そこで、おれと少し遊んでくれないかなあ?」
濁りのある、熱のこもった目が少女を見下ろした。垢で黒く汚れた首筋を掻きながら、酒の利いて運転の怪しい足取りで少女へと迫った。
「おれと楽しく遊べたら、終わりにご褒美をあげよおね」
少女は恐ろしいものを見たように凍りついていた。足がすくんで動かぬのか、逃げ出そうとはしていない。
「いいこだねえ」
汗と脂の浮いた満面が狡猾な笑みで歪んだ。そのとき、ひやっと冷たいものが、その首に当たった。
「え?」
「動くな」
酔っ払いの背後に、先の男がいた。背の高い男は、氷のような瞳を鋭くして言った。
「動けば首を切り裂く」
淡々とした声が地を這う。
「あ、あ、あんた……」
「声を出すな。口を閉じろ」
喉もとにあたる固く冷たい感触にぐっと言葉をのみこんで、酔っ払いは助けを求めて周囲を見た。しかし、誰も彼もこちらをちらと見たきり、ふっと顔を背けていく。
「た、たすけてくれ…」
粘ついた口から、蚊の鳴くような声が洩れた。長い沈黙。何も起こらない。気づけば、首にあったものがなくなっていた。ぱっと振り返るが、誰もいない。男も、そして少女も忽然と消えていた。
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