jack | ナノ





あのちいさなビルの入り口にその子はいた。毎朝彼女はゴミ出しのために表へでてくる。はじめのうち、俺はそれを少し高いところからじっと見ていた。

すぐには気づかれなかった。それどころか彼女はちっともこちらの視線に気づく様子がなかった。なんて鈍い子だろうと思って、ある日声をかけてみると、彼女ははじめてこちらを向いて、きれいなおめめをきらきらさせて笑ってくれた。それからは、毎日挨拶を交わすようになって、俺も下に降りて彼女の近くへ寄ってみたりした。彼女は男の扱いをよく心得ているようで、こちらの機嫌をとるのがとても上手い。鈴が転がるような声が心地良くて、俺はだんだんと彼女に夢中になっていった。

残念なことに、彼女は男と暮らしていた。いや、飼われているといった方が正しい気がする。彼女に会う前から男のことは嫌いだった。たまに顔を合わせることがあるが、あの冷やっこい眼に睨まれてしまうと居心地が悪くて仕方ない。何度か二人が一緒にいるところに出くわしたこともある。それを見て俺が不機嫌になると、彼女はいつも困ったように笑った。俺が嫌いだと知っていて、彼女はいつも体中からそいつの匂いをぷんぷんさせていた。手のひらに口付けたときに、彼女のものでない香りがして、うっとなったことがある。あの野郎が彼女を好き放題になめて、さわっていると思うと全身の毛が逆立つくらいに嫌だった。

蒸し暑い夏の朝だった。彼女は常と同じようにゴミを出しに来た。柵の近くにもたれていた俺に気がつくと微笑みをたたえて歩み寄った。


「おはよう、今日は暑いね」


彼女がとなりに来た途端、あの男の甘ったるい果実みたいなにおいがぷんとした。ちらりとその顔を仰ぐと、どことなく憂い帯びていて、妙に女くさかった。腹のあたりがざわざわとして嫌な気分がする。口を開くことが躊躇われて、俺は黙っていた。彼女はしゃがみこんで横に座った。そのなまじろい脚の付け根がスカートからのぞいていた。きめの細かな肌に赤い痣のような小さな痕(あと)が幾つも散らばっていた。そこから、むんと女の香りがした気がして、俺は勢い立ち上がった。わきあがってきたのは行き場のない怒りだった。

俺は女を睨んだ。結局、この娘もただの雌だ。あの男に媚びを売って生きていやがる卑しい雌。


「もういっちゃうの?」


俺はその声を無視した。

ふん、飼い猫め。あの男に撫でられて喉を鳴らしていやがれ。汚らわしい。


「ティー」


奥から男がやってきて女を呼んだ。振り返ると冷え冷えした瞳が俺を睨んだ。俺は素早く路地を抜けて、通りに出た。


「ティー、あれにさわったりするなよ。病気になるぞ」

「ジャックは、あの子のこと嫌いなの?」

「俺は犬派なんでね」


俺は人の足を抜けて、向かいの路地へ入った。振り返るとあの二人はもういなかった。








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