ティーは台所に立って野菜を洗う手伝いに勤しんでいる。けれど時折長い髪が邪魔になって、視界を遮っていた。その度に濡れた手で躊躇なく髪を払うのが少しおかしかった。
「結んだ方がいいんじゃないか」
後ろから頭を抑えてやった。ザルに入れたサニーレタスを水切りし終えるまでの間そうしている。
「ありがと」
「ああ」
ティーが振り返った拍子にまとめていた髪がさらさらとこぼれ落ちていった。
「ほらまた……」
顔にかかった髪をかきあげてやる。隠すには、あまりに惜しい。
「おばけになってるぞ」
ティーの首は、ほそっこくて生白い。垂れた髪の向こうを知っているのに、見えないだけで途端に違う人間のようだった。瞳を隠すだけで、印象がまったく違ってしまう。
「ジャックは、おばけって信じる?」
「どうかな。俺は見たことがない」
「ティーも、いっしょ。見えないの」
豊かな毛を指で梳いた。つやつやとなめらかで、するんと端から落ちていく。
「見たやつがいるから、いるんだろうとは思う」
霊的なものを信じていないわけじゃあない。昔から、モノに命が宿るとかいう類の話が苦手だった。そういう風に考えると、なにも捨てられなくなってしまう。ただでさえ、愛着を持ってしまって、古いものが始末できない質(たち)なのだ。それに、言霊というのも厄介だった。おかげでめったなことが言えない。自分の言ったことが、本当になってしまうのが何だか恐ろしかった。
「ゆうれいは?こわい?」
「怖くないって言ったら嘘になるな。でも、何せ感じることができない。幽霊に脅かされたことは一度もないな」
「じゃあ、死んだら、ゆうれいになる?」
「俺が?」
どうだろうと首をひねった。できるなら跡形もなく消えてしまいたいのだけれど。
「ならないかもな」
「なんで?ティーのそばにいてくれないの?」
「え?」
「ティーについててくれないの?」
今日はまた随分と変わったことを言う。真剣に問うているらしい。揺るがない青色がじっとこちらを見つめている。
「気持ち悪くないのか」
ティーは小さく首を傾げた。
「なんで?」
「いくら俺だとしても、幽霊だろ?気持ち悪くないか?」
「ぜんぜん、へいき。ジャックがそばにいてくれた方がいい」
ティーは前にかかってくる髪を耳の後ろに撫でつけて、ぷいとそっぽを向いた。やらかい頬がほのかに色づいて、引き結ばれた唇が小さな果実のようになっている。
「へえ……」
長くなった髪を掴んだ。くいと引いて、傾いた顎をとらえる。
「あ……っ」
「じゃあ、死んだらそうするから。ちゃんとお利口さんにしていろよ」
覚悟しておけと告げる。でも、きっと幽霊にはならない。こっちを見ない女のそばになんて絶対ごめんだ。
「お前さぁ……。その顔、やめろよ。ひどいことしたくなる」
たじろいた顔は髪が隠した。
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