この男は、雨の日になると、外へ出ることをあきらめる。
わざわざバルコニーの大窓を開け、ソファーに体を沈め、雨音を聴きながら、気まぐれにこの躰に触れる。口づけて、舐める。開かれる。拒めば、きっと二度と触れてこないだろう。それくらいに彼は臆病だ。
しとしと降る雨が好きらしく、そんな日の日中はこの肌を手放さない。気が済むまで貪られる。しかし、それは息をひそめるように行われる。行為の最中、彼が口を開くことはない。息づかいだけで、時折その不埒な指先や形の良い唇が卑猥な音をたてるだけである。
雨の日の彼は、いつもよりも大人しく、いつも以上に感傷的になるらしい。元々しめやかな空間を持っていて、その中に浸って、物思いに耽るのが彼の癖なのだ。
かなしいひと。
この水の流れる静かな音はどのように響いているのだろう。絶えず降り注ぐものは、彼の心を切なくするのだろうか。
慰めるようにそっと触れた。
いとしいひと。
この部屋で、彼だけが熱を持っている。
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