jack | ナノ





最初は何が起こったのかわからなかった。

暗い路地に入ったときだった。おそらく壁に頭を叩きつけられたのだと思う。崩れ落ちる前に間髪入れずに地面に殴り倒されて、頭を強かに打った。

ぷんと錆びた臭いがする。耳から頬にかけて焼けるような痛みを感じた。目を凝らす。大きな影が動いている。そうしてやっと自分が暴漢に襲われているのだとわかった。

身を捩った。逃げようと倒れた体を起こそうとした瞬間、胸を踏み付けられ、背を地に縫い付けられた。黒い革靴に踏みつけられている。何とかどかそうと必死にもがくが、びくともしない。脚を掴んだ途端に圧迫が強くなって、胸に靴がめり込んだ。本格的に呼吸が辛くなってきて、額には脂汗が滲み始めていた。苦痛に歪む俺の顔を、その元凶である男は蔑むように見下ろしていた。その瞳は寒々しいほど青く、無慈悲に見えた。


「や、やめてくれ…!」


靴底が不意に浮いた。苦痛から解放されると思ったのも束の間、男は俺の胸の上に片膝をつくと、その全体重をかけてきた。


ゴキン。


鈍い音をたてて、肋骨が折れた。味わったことのない痛みが身体を襲い、俺はのた打ち、絶叫した。


「うるせえな。これくらいでぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえよ」


男は立ち上がり、俺の首を掴み上げた。指圧で気管が潰されかかる。途方もないような苦痛が続いた。ぎりぎりと喉を締める男の眼はどこまでも冷たかった。


「きったねえ手で人のもんに触ると、こうなる。わかったか」


顎を震わせながら、わかったと声にならぬ返事をした。死に物狂いで抗ったが、男の手は革製の手袋に守られていて、傷一つ負わせることはできないらしかった。その間にも息が出来なかった。頭の血管がきゅるきゅると縮み上がる。
この苦しみが永久に続くと思われたその時、喉への圧迫が消えた。再び衝撃がして、自分が突き飛ばされたのだと理解する。咳き込みながら必死に酸素を求めて荒い呼吸を繰り返した。口の中が酸っぱいもので満ちてきて、堪らずその場に嘔吐する。生理的な涙を浮かべて、俺は辺りを見渡した。あの男の姿はない。忽然と消えていた。

ややして訪れた安堵に、体から力が抜けていった。あれは、何だったのだろう。息を整えながら、今しがた降りかかった身に覚えのない災厄の原因を考えた。そして、先ほど酒場で自分がちょっかいを出した少女のことを思い出した。確か、あの少女も青い瞳をしていた。あれがあの男の言っていたことなのか。指で口元を拭った。爪の中は土と血で酷く汚れていた。




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