仕事の所為にするな

「なにこれ」

「何って猫ちゃん」

「可愛いわねチクショウ。けど自分がこれに入るのは嫌」

「んな事言わねーで。こんな小せぇ着ぐるみの中に入れんのお前ぐらいなんだよ」

「神楽ちゃんがいるじゃない」

「神楽はもう一つのリスの着ぐるみに入ってっから。なー頼むよー!ちゃんと報酬も出すからさー?ねー?まゆちゃーん」

「………日当2万。忘れないでよ」

「わーてますって!」


目の前の坂田銀時に渡されたのは猫の着ぐるみ。今日は歌舞伎町の商店街の催し物でガラガラの抽選会があるらしい。そのマスコットとして万事屋にアルバイトを頼まれたのだ。
だが、着ぐるみなんて聞いてない。
絶対中で蒸れるんだろうな…と少しでも涼しくするために、タンクトップとホットパンツを着て、着ぐるみを着用した。

案の定、蒸れる。自分の吐く息でさえ熱風のように感じる。こりゃ良いダイエットになるわ、とチラシを配りながら商店街を歩く人たちを眺めた。
いや、眺めるといっても広い視野があるわけではないので、ピンポイントで人が視界に入ってくる。まさか行き交う人もこんな風にピンポイントで自分が見ているだなんて思っていないんだろうな…と思っていると、その狭い視野の中、自分の目がピンポイントである人物を見つけた。

それは自分の彼氏の土方だった。

なんだが気まずく「げっ」と声を上げた時だった。隣を女が歩いてる姿が見えた。

それに、思わず息が詰まった気がした。

飾りっけのない女と、その横を歩く土方。一瞬、浮気か?!とも思ったが、意外に自分の洞察力は鋭かった。その隣を歩く女を女ではないと認識したのだ。
あれは真選組監察の山崎退の変装。きっとこれは囮調査か何かなのだろう。瞬時に脳がその事を自分に理解させた。

だが、その瞬間、言いようもない気持ちが胸を締め付けたのだ。そして、ブチリと太いロープの様な物が切れたような音が頭の中で響いたかと思うと、無意識に目の前まで歩いてやってきていた土方十四郎の鳩尾を、肉球の付いた猫の着ぐるみのまま殴りつけていたのだ。


「うぼっ?!」


予期せぬ着ぐるみからの攻撃に、土方がくぐもった声をあげ、上半身をくの字に曲げる。それを見計らったかのように、私は曲がった背中にかかと落としを食らわしてやった。


「ぐへっ?!な、何しゃーがる!?」

「ふ、副長?!大丈夫ですか?!」


自分の脳みそは正しかったようだ。これは山崎だ。


「………死ね」

「………え゛?」

「ちょ、副長。猫の着ぐるみになんか恨み買う事したんですか?」

「んな訳ねーだろ!つーかお前、一体何なんだよ?!」

「うるせーな、死ねって言ったんだから死ねよ、今すぐ死んで来いよ、この腐れ外道が」


ぬぼーっと猫の顔に怖いくらい影を出しながら立ちすくむ着ぐるみ。その中から聞こえてきた声に、土方がぴくんと反応した。どうやらこの着ぐるみの中の人物の正体がわかったのだろう。
少々取り乱した様子で、わたわたと大げさに手を顔の前で振って「ち、違うからな?!」と弁論をしてきた。


「こ、これは女じゃねーぞ?!山崎だぞ?!囮調査の一環でこうして格好を変えてだな!!」

「っ!」


バレてる!

もはや冷静な頭ではなかったまゆはいつの間にか自分が声を出してしまっていたことにやっとこさ気がつき、そして相手に自分がまゆだとばれた事にも気がついた。
無言で殴り倒してやろうと思っていたのに、と今度はまゆが慌てふためくと、着ぐるみを着ている事も忘れてその場を猛ダッシュで駆け出してしまった。


「おい!待て!!!」


商店街の細い脇道を入り、人気のない場所へと逃げ込む。だが、考えていなかった。今自分は着ぐるみを着ているのだ。細い脇道にこのでかい着ぐるみは不適切で上手く前へと走れない。
その所為もあって、逃げだした数メートル先で、あっけなく土方に腕を掴まれてしまったのだ。


「お前、まゆだろ?何勘違いしてるか知らねーが、あれは監察の山崎で…」

「っ………るっ」

「え?」

「知ってる!そんな事すぐに気がついたわよ馬鹿!!」

「はあ!?ば、馬鹿はねーだろ?!つーか気づいてたなら何で殴って逃げんだよ?!」

「うるさいうるさいうるさい!!」

「つーかそれ脱げ!!そんなんじゃ真面目に話も出来ねぇ!!」

「あっ!やっ!取っちゃダメ!」


終始陽気な猫の顔のまゆに土方の口角がヒクヒクと引きつる。そして、一気に強引にその被り物の頭を引っペがしてやると、中から出てきたまゆに、土方は驚き目を丸くしてしまった。

何故なら、彼女がこれでもかといいぐらい、大粒の涙を流していたのだ。


「っ、お前…」

「っ!だから取らないでって言ったのに!!」


着ぐるみの被り物の所為で涙を拭うことが出来なかったまゆの顔は大洪水で大変な事になっていた。必死に自分でその涙を拭おうとしているのだが、分厚い着ぐるみが邪魔して自分の顔に手が届いていない。
その愛くるしい姿に、土方は小さく笑うと「ハンカチなんざ洒落たもんはねーからな」と言って胸元のスカーフでぐいぐと大洪水の顔を拭ってくれた。


「ご…めん、」

「いや、誤解させるような事をした俺が悪かった。すまねぇ」

「だから…誤解はしてないって」

「は?じゃぁ何でこんなに泣いてんだよ」


そう言って泣きすぎて赤くなってしまった鼻をつままれた。抵抗しようにも着ぐるみの短い手足ではロクな抵抗も出来ず、まゆはほっぺたを威嚇するように膨らませると「もう別れたい」と終わりの言葉を紡いだ。
これに驚いたのは土方で、その言葉に慌てて鼻をつまんでいた手を離すと「そ、そんなに嫌だったか?」と顔を覗き込んできた。
困ったように眉を下げて、あやす様に目尻も下げて。
だが、もうそんな顔じゃほだされない。



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